● 第3回シンポジウム (2000年 9月17日)
2000年9月17日の東京における私たちのシンポジウムの概要は,以下のとおりです。
詳細な内容は、法学セミナー2000年12月号,及び法セミブックレット「裁判官と司法改革を考えよう!」(日本評論社)に掲載されています。

第1部
 ・「裁判ウォッチングを通して見てきたこと」  石川雅敏さん
 ・「裁判を受ける国民の権利の十分な保証を」  武山哲夫さん
 ・「司法の現状とその改革について」  片山徒有さん
 ・小林敏和(経済同友会主事)さん
 ・平井治彦(弁護士)さん

第2部
 ・「21世紀の裁判所に向けて」
 ・「司法試験合格者3000人案を支持する」
 ・「裁判官供給源の多様化と任命手続の透明化の改革について」
 ・「裁判官人事の透明化、客観化のために」
 ・「制度、人、そしてそれを支える組織の勇気ある改革を」



● 裁判ウォッチングを通して見てきたこと
裁判ウォッチング市民の会 事務局次長 石川雅敏 (司法書士) 

 私たちの裁判ウォッチング市民の会は平成5年に設立され、以来平成10年までは毎月刑事裁判を傍聴し、平成11年からは奇数月は刑事裁判、偶数月は少額訴訟を傍聴してきました。私たち裁判ウォッチング市民の会では司法制度改革について3つの提案をしております。

1 裁判のテレビ放映

 今回の司法制度改革は「市民にとって身近で使いやすい司法をめざす」ために行われているのだと思いますが、見たことも利用したこともない司法について市民が身近に感じることができないのは当り前のことなので、裁判のテレビ放映をすべきだと考えております。テレビで裁判を見ることができるようになれば、裁判をしたことがない市民でも裁判がどういうものなのか、あるいは自分が裁判をしようとする際の参考になるでしょう。

2 少額訴訟の充実

 最高裁の肝入りでスタートした制度ですが、東京簡裁では最高裁の予想をはるかに超えた利用者数になったためだと思いますが、当初2時間取っていた審理時間が、最近では30分のものも見受けられ、当事者は訳がわからないまま終っているようです。裁判官はもっと時間を取り、原告被告に説明する職責があると思います。

3 陪審裁判の導入

 陪審裁判については、他の方も主張されると思いますので、1点だけ陪審裁判の利点を言うとすれば、裁判が条文を当てはめる場ではなくて、社会正義の実現の場だとすれば、陪審裁判はその地方のその時点での社会正義ということができるのではないでしょうか。

4 最後に私から裁判官へ提言を一つ

 裁判官の役割は勿論たくさんあると思いますが、私は裁判官には当事者を納得させる役割あるいは義務があると思います。判決の言い渡しについても主文だけを読み上げるのではなく、当事者からの質問にも答えるようにすれば原告も被告も自分たちのしてきたことを裁判官が十分理解してくれた判決として納得しやすいのではないでしょうか。



 
● 裁判を受ける国民の権利の十分な保証を
武山 哲夫 (国民救援会支部長) 

裁判を受ける国民の権利の十分な保証の必要性
法律扶助法の制定を その上で、市民参加の司法制度を(陪参審は急ぐ必要がない。)
司法の危機の再来
  ・・専門家や個人市民団体のネットワークー幅広い運動が必要




● 司法の現状とその改革について
片山 徒有"ただあり" (インテリアデザイナー) 

 犯罪被害者として息子が命を奪われた「業務上過失致死罪」の刑事裁判を16回体験してみて、明らかな問題があると実感しています。刑事裁判は、国が決めた法律に従って、法を犯したと思われる人に対して国が裁きを下す手続きの場であるという事実が、改めて実感されたのです。本来、事件、事故など、様々な出来事の多くには、加害者と被害者がいるはずです。刑事裁判において、被害者の立場がまったくない、という事について、自分で体験するまでは、これほど何も立場がないとは思っておりませんでした。

 刑事記録の開示、裁判所に提出されている訴状、冒頭陳述書、はもちろん、その後行われた、加害者側証人として法廷に立つという場になっても、被害者としての意見を言うことは許されませんでした。もしも意見を自由に発言する事が許されたとしても、すべての捜査記録がどのようなものか把握できなければ、見当違いの意見を言ってしまう危惧もあります。今のままでは、「ただ、被害者感情だけを言う」という形だけのものでしかないと思っております。

 被害者としてでも法廷に立つときには宣誓をしますが、偽証罪の罪は、今回行われた裁判での求刑よりもずっと重いのです。加害者が法廷で宣誓をせず、自分に不利なことは言わなくても良いというのとは大いに差があると感じました。

 傍聴をする席を確保するだけでも、交渉をして席を確保しても被害者の中で傍聴をしたいひとが漏れてしまう事もしばしばです。

 しかし、もっと恐ろしいのは、検察庁の起訴独占権だと思います。検事ひとりの判断で起訴、不起訴を決められる起訴便宜主義、そしてその結果についての説明など「答える義務はない」ということに対して大いに違和感を感じています。

 今、市民が司法に参加できる唯一の機会が検察審査会です。このような機関がもっと活用されたなら、被害者にとっても説得力がある司法制度になっていくと思います。この検察審査会でも議事は非公開です。そして、議決に対して法的拘束力はまったくないのが現状です。独立した機関と言いながらも、最高裁に所属しているとなると、その独立性も疑問視されるのではないでしょうか。

 もうひとつ大切な事があります。裁判の結果、有罪となり、懲役、あるいは禁固となって、刑務所へ服役して矯正すると言うことになっているのですが、現在服役中の受刑者の4分の1以上が過去5回以上服役していたという結果、平成3年に出所した人のその後を調べたら、5年後には過半数の人が再び罪を犯して刑務所に戻ってきてしまったという現実を重く受け止める必要があると思います。

 この点、国はもっとも責任を痛感し、このような事がおきないような新たな更生に取り組むべきだと思います。それは、司法、行政担当者ひとりひとりの意識改革がぜひとも必要です。しかし、私たち市民も、もっと声をあげて、このようなおかしな現実を直視し、ひとりひとりの力によってより透明性の高い社会を創り上げていくことが、市民としての責任ではないかと考えています。



● 小林敏和 (社団法人経済同友会主事)

・平成6年6月「現代社会の病理と処方」 ー今の司法改革の流れを作った歴史的文書

・平成12年7月「司法制度改革審議会に望む(第2次)我が国司法の人的基盤化一家宇野ビジョンと具体策」策定に関与



● 司法の現状とその改革について
平井 治彦 (弁護士・15年間裁判官を経験) 

・職業裁判官制度について
個々の裁判官の評価は裁判所側と弁護市側で相当異なる。
一般市民の知的水準が上がった今、複雑な事件への判事補の関与は滑稽
職業裁判官制度は限界

・事実認定について
事実認定は当事者のもの
事実認定と創造性・・・事件はすべて個性的なので創造的に事件を把握する必要性がある。裁判所には柔軟な発想が横溢しているか?

空間的時間
時間的事実


・・・
・・・


森野さんの試みの評価
追体験する必要性。追体験を行うものの社会経験の質と量が問題。
見識の高い弁護士は、自らのこととして想定して共感し
体験し直す能力がある。法曹一元の魅力はっこにある。

転勤問題   不透明な部分が多すぎる。

生き甲斐   裁判官への規制を緩和し、生き甲斐をもてる環境づくりを。



● 「21世紀の裁判所に向けて」 改革の提言
仲戸川隆人 (千葉地裁八日市場支部裁判官) 

1 司法改革の要としての裁判所改革

 私たちは、日本裁判官ネットワークを設立し、「裁判官は訴える」という題名で一般向けの本を出版し、法律雑誌などに論文を発表し、マスコミの取材に積極的に応じる等の活動を通じて市民に裁判所の実情を訴えてきました。また、市民の皆さんが参加する集会で報告して市民と対話を重ね、インターネットにホームぺージを開設し、市民の皆さんから沢山のメールをいただきました。

 市民の皆さんからは、裁判所、裁判官に対するご批判をいただく一方、ネットワークに対する熱い激励、応援もいただいてまいりました。

 そのような中で、司法改革の要が裁判所改革、裁判官制度の改革であり、国民の皆さんの期待も大きいことを再確認し、裁判所が国民の付託に答えるために、21世紀の裁判所に向けて、裁判所を活性化し、裁判官の独立を実質化するための改革案を検討してまいりました。

 以下の改革の提言は、ネットワークの他のメンバーと共通の意見もありますが、仲戸川個人の見解としてまとめてみたものです。


2 「裁判官にゆとりを」

 A裁判官の増員
 B裁判所職員の増員、充実強化
 C物的設備の充実、予算の拡大

私は、裁判所職員の増員、充実強化を特に訴えたいと思います。


3 「裁判所に真の民主主義を」

裁判所運営に真に民主主義を実現するためには、
  A裁判所の分権化
  B裁判官会議の活性化
の2点が重要と考えます


4 「裁判官に多様な人材を」

 A裁判官任用段階における透明性の確保
 B当事者経験のある法曹の裁判官採用
 C裁判官の外部研鑽
 D裁判官の人事評価方法の透明化、客観化
 E報酬制度の改善
 F転勤制度の改善


5 「裁判官にも『規制緩和』を」

 A裁判官の市民的自由の保障
 A裁判官の団体結成
 C服務規律の見直し

 旅行届の廃止、休暇制度の法制化、海外旅行の時期の制限の廃止が必要です。

 我が国では日本裁判官ネットワークの結成自体が一種の驚きの目をもって見られましたが、欧米諸国では裁判官が団体を結成し、自由に意見表明をすることは当然のこととして是認され、裁判官が活発な自主的活動をしています。

 我が国においても、裁判官の団体結成、自主的活動が更に活発になることを期待したいと思います。

 裁判官の服務規律、特に労働条件、休暇、旅行に関して、現在は法的性格が不明確なまま高裁長官の申し合わせなどにより事実上一方的に決定されているという状態です。

 裁判官は憲法上は本来その独立が保障されている地位にある筈ですが、裁判官の地位、労働条件は現状は恩恵的労働関係とでも呼ぶべき不安定な危ういものになっていると思います。また、その内容も不自由なもので、裁判官の評価制度の曖昧さと相まって裁判官が萎縮する一つの原因になっているのではないでしょうか。

 また、司法修習生の時代からの服務規律による管理監督は、活発なタイプの司法修習生に裁判官任官を躊躇させる原因になっているのではないかと懸念されます。

 自由で独立した裁判官にふさわしい法的地位の保障が必要と考えます。


6 「国民と共に歩む裁判所を」

 A裁判所からの国民に対する情報開示
 B国民の司法参加

 この二つの分野は、グローバルスタンダードという視点から見ても改革を要する重要な課題であると考えます。
 裁判所が、秘密性と無謬性、敷居の高さでその権威を保つ時代は終わろうとしています。21世紀は、裁判所がその情報をできる限り開示し、国民の批判を仰ぎ、国民と共に前進するものでなくてはなりません。

 また、国民の司法参加のありようは、その国の民主主義の成熟度を示すものであり、中でも陪審制という形態における国民の司法参加は、国民の義務である以上に国民の権利でもあると思います。

 私は陪審制が最も進んだ国民の司法参加の形態であり、裁判官裁判に勝るとも劣らない制度であると考えています。
 陪審制は、次のような特徴を持っています。

 1. 市民の英知を裁判に生かす
 2. 裁判官を二重の役割(ダブルロール)から解放する
 3. 公判中心主義を貫徹できる
 4. 国民主権の要請に応える
 5. 日本の司法制度、国民性の長所を生かした陪審制を
 6. 速記制度の充実


7 最後に

 日本の裁判官は勤勉で、皆が一生懸命、真面目に裁判に取り組んでいます。 しかしながら、私たちが国民の皆さんからお伺いした現在の裁判所、裁判官に対するご批判は非常に厳しいものがありました。逆にいえば、裁判所、裁判官に対する期待もそれだけ大きいものがあると実感しています。

 裁判所、裁判官に対するご批判の殆どは個々の裁判官の努力で解決できる問題ではなく、システムに内在する問題であることが分かってきました。

 以上のような裁判所、裁判官制度の改革により、裁判官が国民の側に顔を向けて安心して仕事ができるシステムを作り上げたいと考えるものです。



● 「司法試験合格者3000人案を支持する」
安原 浩 (大津地裁裁判官) 

1 裁判官は疲れている

 日本の裁判官は地域やポスト、担当職務によっても差はありますが概ね民事事件換算で一人当たり200ないし300件の事件をかかえ、睡眠時間を削り、休日も仕事に追われ、ほとんどを家と裁判所の往復で過ごすという過密な状況にあります。他方で一定の期間内に結論を出し、長期未済事件を減少させなければという真面目な使命感や事件処理件数表の影響もあって、どうしても追われる意識や無理をする傾向になりがちです。

 ネットワークのホームページへの意見や市民集会での苦情のなかに、裁判官の心ない言動やずさんな審理・判決を指摘するものが多数ありますが個々の指摘の正確性はともかく、疲れた裁判官の焦りから批判されてもやむを得ない行動が生じかねない危険な状態が日本の裁判所にあることは事実です。


2 裁判官は少なすぎる

 ところで日本の裁判官は、簡易裁判所裁判官を含め約3000名ですが、もし人口が同じと仮定した場合の、1997年時点での、アメリカの裁判官数は約1万4000人、イギリスは約6700人、ドイツは3万3800人、フランスは9800人と2倍から5倍の数です。それぞれ制度が違うとはいえ、日本の裁判官数があまりにも少ないことは歴然としています。  しかも21世紀の日本は事前規制の緩和と事後的救済の時代になるといわれ、訴訟の増加は必然であり、また迅速な解決が不可欠です。そうでなければ弱肉強食の暗黒の日本となるおそれすらあります。裁判官の大幅増員は21世紀日本に必要な社会的インフラといえます。


3 3000人案は画期的である

 これまで裁判官増員に必要な基盤整備としての司法試験合格者の増加枠について、1500人程度の案が主流でした。これまでの司法試験のあり方と司法研修所体制を前提とする限りその程度が最大限と考えられたからです。今回の司法制度改革審議会の提案は、そのような既存の枠組みにとらわれていない点で画期的と高く評価できます。


4 3000人案には問題点よりメリットが多い

 この提案は、その構想の大胆さ故に、いくつかの不安を抱えていると思われます。それは急激な増加が裁判官、検察官、弁護士の質の低下、特に弁護士間の競争激化は法曹倫理の低下を招くのではという懸念、修習生に必要な実務修習はどうするか等の問題です。他方メリットとして、これまで敷居の高かった国民と法曹の間を近づけ、透明で公正なルールが日本の隅々までいきわたる可能性が高まる、将来的に法曹一元の基盤が整備される、裁判官と検察官の急速な大幅増員が可能となることなどが挙げられます。

 法曹の質の低下や実務修習のあり方はある意味で、研修などのあり方を工夫することにより解決可能な問題と考えられるのに対し、メリットは21世紀の日本社会に不可欠なものばかりです。メリットが懸念を上回ることは明白といえます。


5 ロースクールとともに早期実現を

 そこで裁判官の疲れた実情のもたらす種々の弊害をできるだけ早く解消するために、ロースクール等の新たな体制の整備を早め合格者3000人体制の早期実現を切に願う次第です。



● 「裁判官供給源の多様化と任命手続の透明化の改革について」
岡 文夫 (大阪家裁裁判官) 

1 裁判官供給源の多様化の必要性

 司法制度改革審議会では、法曹一元の採否が最も重要な議題の一つです。しかし、裁判官以外の仕事をした後、その中から裁判官に適している人を選任するという考えは、法曹一元の国以外でも、多くの国で裁判官選任の重要な制度として採用されています。

 例えば、フランスでは、新任の裁判官の約1割は、民間で8年以上の法律関係の仕事の経験を有する者等から試験で採用しています。また、スペインでも、新任裁判官の約4分の1が、弁護士や大学教授から選ばれています。
 さらに、オランダでは、かつては、キャリア裁判官が100パーセントであったにもかかわらず、現在では、新任裁判官のうち、弁護士や大学教授からの任官者が70パーセントにも達しています。

 私は、実際、オランダへ視察に行って来たが、オランダでは、裁判官や弁護士、司法省でも、様々な社会経験を有した、広い視野を持った人が裁判官になることが裁判をよくするという共通の認識を持っています。オランダでは、キャリア制度から法曹一元制度へ移りつつあるという評価ができます。


2 弁護士任官におけるオランダと日本との比較

 そこで、日本でも、法曹一元の採用が困難であったとしても、様々な社会経験を有した人たちを、キャリア制度以外の人から選任する制度、つまり、裁判官の供給源を多様化させることが必要です。

 しかし、日本の弁護士任官制度による任官者は、現在でも53名にすぎません。これに対し、オランダで、多数の弁護士が裁判官になるのは、裁判官の仕事が自由で、ストレスが少なく、大学教授など並び最も任期のある職業であることが最大の理由であると、私は感じました。


3 弁護士任官を増大させる方策

 弁護士任官を増加させるためには、法曹人口を増大させる必要があります。国民10万人当たり法曹人口は、オランダやフランスでも約60名であるが、日本ではわずか現在17名です。

 また、現在、弁護士が任官を希望しても、必ずしも全員が採用されているのではない。弁護士からの任官の採否の基準を透明化させる必要があります。そのためには、裁判官の採用を最高裁の判断に任せず、裁判所とは別に裁判官選考委員会を設置すべきです。

 また、弁護士任官の研修制度も充実させるべきです。オランダでは、弁護士任官者には、当初は代行(パート)裁判官として1、2年間勤務した後、正式の裁判官に採用しています。

 さらに、弁護士任官が少ない原因に転勤制度があります。そこで、どこの裁判所のどのポストに就くかを全て応募制にして、自らの意思で勤務先やポストを決められるようにし、原則として転勤制度をなくする必要があります。


4 最後に

 多くの弁護士が裁判官に任官されることの期待を込めて、私の意見を終わります。



● 「裁判官人事の透明化、客観化のために」
伊東 武是 (大阪高裁裁判官) 

1 異動の回数・地域の縮小限局を

  頻繁かつ広域にわたる異動(転勤)は、当事者に迷惑がかかり、裁判遅延の原因になり、裁判官にとっても心理的負担が大きい。恣意的人事が介在しやすく、裁判官の内面の独立を侵害する危険性がある。

 異動を正当化する諸根拠(地域住民と癒着が生じる、大都市希望者に機会を与えるなど)を再吟味して、果たして本当に異動が必要なのかを検討し、仮に必要であるとしても、最小限度の回数に抑える、異動の範囲も、たとえば同一高裁管内に限り、全国にまたがる広域異動を原則として廃止する方策が検討されるべきである。

 すべての地域の国民に等質な司法を提供するためには、すべての裁判官が大都市、中都市、小都市を平等に勤務する異動における平等主義も検討がなされるべきである。


2 公正な裁判官評価を基礎にした昇給、昇格人事を

 裁判官に対する諸人事決定の基礎資料となる評価制度(いわゆる勤務評定)については、裁判官の独立を侵害することがないように、評価権者、評価項目、手続、基礎資料などを明確に定めたうえ、評価結果を本人に開示し、不服申立の機会を与える制度が必要である。裁判所外からの評価も加えた多面的評価制度も、利用者の信頼に基礎を置く新しい司法にとり、重要な検討課題である。

 昇給に関して、現在のような小刻みな累進システムは、恣意的人事の介入する機会を増やしかねないので、これを廃止し、必要最小限度の昇給回数にとどめるべきである。


3 裁判官人事の中央集権を廃し、各地方への分権を

 全国の数千人規模の裁判官(今後さらに急増が予想される)に対する異動、昇給、昇格の重要人事を、最高裁が一手に引き受け、隅々まで目くばりして、公正、客観的にこれを行うことは事実上不可能であり、えてして曖昧な基準のままに引き抜き、縁故、ひいき、さらには思想差別などが介在されてくる危険性があり、こうした不公正に対して審査、監視の目も届きにくい。

 異動を同一高裁管内に限る方針と併せ、昇給、昇格の人事についても、一人一人の裁判官を多くの人が知り得、また、その評価も客観的に伝わりやすい高裁管内毎に、そこにおける適切な人事決定機関がこれを基本的に決定し得る制度が採用されるべきである。


4 広範な裁量人事から応募制への転換を

 異動、昇給及び昇格の人事において、限りなく多数の候補者の中から選抜、選考のうえ配置する現在の広範な裁量人事は、たとえ公正な裁判官評価ができ、また、分権化が進んだとしても、候補者の数が多過ぎるために、相互の比較検討が事実上困難で、縁故的、派閥的な引き抜き人事に陥りがちで、また、差別人事を介在させる誘惑ともなりやすい。

 ヨーロッパのキャリアシステム制をとる大部分の諸国で採用している応募制は、そのポストを希望する裁判官を募り、応募した限られた数の裁判官について、人事記録に基づき比較検討して決定する方法である。

 わが国においても、この応募制による人事決定を可能とする方法を検討すべきあり、これができれば、公正な裁判官評価を基礎とした人事決定が保障され、後記の裁判官人事審査委員会の実質的審査も可能となる。

5 裁判官人事審査委員会の設置を

 裁判官人事の公正を審査するため、人事決定機関と別に、裁判官人事審査委員会が設置されるべきである。
 裁判官人事審査委員会は、裁判官人事について、

人事決定機関の原案について、本人の同意を得て人事記録(裁判官評価が中心)を閲覧し、賛否の審査をしたうえ、これを同機関に伝える。
人事についての裁判官の不服申立につき、関係裁判官の同意を得て人事記録を閲覧し、その審査をしたうえ、本人及び人事決定機関に意見を伝える。
裁判官人事審査委員会は、3の人事決定の分権化に伴い、各高裁管内に一つ設置する。その委員には、現場裁判官の中から選挙で選ばれた者、裁判官以外の法曹関係者、さらに民間から選出された者を含むこととする。各委員は秘密遵守義務を負う。


6 改革審議に現場裁判官の声を

  司法制度改革審議会が、今後、裁判官人事の透明化、客観化のための諸方策を審議する過程では、問題意識をもつ現場裁判官の声を聴く機会をぜひ設けていただきたい。これまで裁判官人事を事実上掌握管理してきた最高裁事務総局には、率直に言って、既得権保持の姿勢だけが顕著であり、自省して改革案を提起する謙虚さに欠けている。この問題の抜本的改革のために、最高裁事務総局と利害の一致するいわゆるエリート層ではない、広範な一般裁判官の意見が反映されるべきである。



● 「制度、人、そしてそれを支える組織の勇気ある改革を」
浅見 宣義 (元宮崎地裁判事・預金保険機構出向中)