検察官の冒頭陳述

(前半省略)

 被告人は,自分を裏切った中村英俊を恨み,その恨みは嫉妬とともに中村の婚約者である久保恵子に向けられ,2人に対する報復を考えるようになったのであります。そうした悶々たる思いを,かつて親しい関係にあった,神戸に住んでいる山田太郎に電話で打ちあけ,慰めを求めようとしたのです。その電話の中で,被告人が,久保を殺してやりたいと口にしたのを契機に,山田が半ば冗談でその実行役を引き受けてもいいかのような話となりました。山田が暴力団にも所属したことがあり,粗暴な性格であることをよく知っていた被告人は,久保に対する憎しみがやみがたく,次第に本気で山田に久保殺害を頼もうとする思いが形成していったのです。被告人は,その翌日,山田に電話をし,改めて久保殺害を依頼し,山田はこれを引き受ける返事をしました。

 その後,山田は,再々京都に遊びに来るようになり,被告人に会うようになりました。山田は,まだ,被告人の殺人依頼が本気かどうか,半信半疑であったのでありますが,被告人から直接に話を聞き,中村の背信行為に怒りを燃やし,上司の娘であることだけで中村を奪ってしまった久保に対する強い強い憎しみを告白する被告人の言葉から,その殺害依頼が本気であることを確認し,自らも覚悟を決めなければならないと考えるようになりました。山田は,かつて一旦振られた被告人が,自分を頼って心を打ちあけてくれたことを喜び,ここは被告人のために何とか一肌脱ぎ,その上で二人の関係回復を願うようになったのであります。そのうち,山田は,神戸での職場を辞め,被告人を頼って京都に出てきて,被告人と頻繁に会うようになりました。被告人は,山田のことを,交際相手としては嫌っていたものの,山田が被告人の関係回復を切実に願っていることをいいことに,その思いを利用して久保殺害を実行させようと考え,再三にわたってその実行を催促したのです。そして,口ではすぐにでも実行するかのように言う割には,殺害をなかなか実行してくれず,一方で,頻りに自分の身体を求めてくる山田に対して,実行してくれれば身体も許し,関係回復もするかのような態度さえを示したのであります。被告人は,まさに自らの身体をエサにして自分に恋いこがれる山田を操ったのであります。一旦殺害を引き受けたものの,さすがに実行までには躊躇いを続けていた山田は,被告人の再三の催促に耐えきれず,ついに,本件犯行に及ぶに至ったのです。

 本件犯行は,その実行行為こそ山田が行ったものでありますが,その内実をみると,殺害を依頼して山田に決断させた被告人が,なお躊躇う山田に対して,背後からさらに強力にけしかけてついにこれを実行させたのであります。本件犯行の主犯は,山田ではなく,背後にいた被告人であることが明らかであります。検察官は,被告人のこのような非情なる態度を立証し,本件犯行における主犯性を明らかにするつもりであります。