(模擬裁判用資料)
合意書面
  検察官○○○○及び弁護人□□□□は,平成16年11月12日,京都地方裁判所における公判前整理手続において,下記の内容につき,公判廷における証拠とすることに合意した。
1 被告人の経歴等
被告人遥美智子は,昭和54年6月1日に兵庫県で出生し,現在25歳である。兵庫県内の小中学校を卒業後,父親の転勤で京都市内に転居し,同所の高校を卒業後,平成10年から,京都市上京区の住宅設備販売会社ライフドアに勤務している。但し本件後退職。京都市伏見区で両親と生活している。 被告人に前科前歴はない。

2 本件の発端
 被告人は,平成14年春ころから,会社の上司である係長中村英俊(当時34歳)と交際し,将来の結婚を約束し合う深い仲となった。平成15年夏には,被告人は妊娠したが,中村の反対で中絶をしたこともあった。ところが,その中村が,平成16年6月ころから,被告人に冷たい態度をとるようになり,別れ話を持ち出すようになった。被告人が,その理由を問いただしても中村はなかなか言わなかったが,ついに,同年7月10日ころ,被告人に,会社専務の娘である久保恵子と婚約したことを説明した。被告人は,その話しに大きな衝撃を受けた。その時の心境について,被告人は検察官にこう供述している。
「一瞬頭が真白になり,その場に倒れそうになった。私と結婚すると言ってくれていた中村さんが,そんな不誠実な人とは全く予想もしていませんでした。妊娠した時にも,愛している中村さんの子供だから生みたいと言ったのに,僕のために堕しくれてと泣いて頼まれて,苦しい思いで中絶したことなどが思い出され,とても許せないという気持ちになりました。」
被告人は,その頃から,中村とその婚約者久保をひどく恨みかつ憎む気持ちを抱いた。

3 被告人の山田への依頼
 中村から別れ話を告げられた被告人は,その後,会社も休み自宅で悶々として過ごしていたが,たまたまアルバムを開いて見ているうちに,前につきあっていた山田太郎のことを思い出した。
 山田とは,平成9年頃,被告人が友人らと先斗町のスナックで飲酒している際に偶然知り合い,意気投合してその後平成10年末頃まで交際していた,いわば元恋人である。同人は神戸市内に住み,暴力団に所属したことがあり,平成8年7月10日大阪地方裁判所において,凶器準備集合罪により,懲役10月,3年間執行猶予の判決を受けた前科がある。山田は被告人と交際していた頃,何か気にいらないことがあると乱暴になり,時折,被告人を殴ってまで肉体関係を求めることがあり,被告人は,そうした山田の粗暴なところが嫌いになり,山田が結婚して欲しいと必死に頼むのを断って別れた経緯があった。
 被告人は,自分から振られた山田なら,今の自分の気持ちをわかってくれるかもしれないと思い,平成16年7月15日深夜に山田(当時29歳)に電話をして次のような会話をした。
被告人「つきあっていた彼氏に振られた。子供をおろしたこともある。上役の娘と結婚するらしい。殺してやりたいくらい憎い。婚約者を殺せば,彼氏も苦しむし,会社をクビになるかも。山田君なら分かってくれると思って。」
山田「どうしたん。美智子から電話かけてくるなんて。その男はひどいやっちゃなあ。殺す言うても美智子にはできんから,俺がやったろか」

しかし,その日は,冗談半分の話で,二人とも久保殺害について,まだ本気ではなかった。

4 その後の犯行に至る経緯
 その翌日の16日,被告人は,昼間,中村と会い,中村に婚約取消を迫ったが,同人から冷たく返事をされたことで,同人及びその婚約者久保への憎しみを一層募らせ,その夜,山田に再度電話した。その際,被告人は,山田に本気で久保殺害を依頼し,山田は,これを引き受ける返事をした。その後,被告人は,山田と京都で頻繁に会うようになった。山田は,久保殺害に向けて準備的な行動をする一方,他方で被告人に対してしつこく肉体関係を求めるような態度に出ていた。被告人はそうした求めを強く拒絶していたが,他方で,山田との会話の中で,久保恵子を殺してくれたら体を許す,あるいは一緒になるというような趣旨の言葉を再々口にしていた。

7月15日以降の犯行までの主な出来事と被告人と山田との交際経過は次のとおりである。

7月 15日 被告人が山田に電話(上記のとおり)
16日 被告人が中村と会う
被告人が山田に再度電話をする。
19日 山田が京都に来る。被告人と会う。
二人で久保の自宅を探しに行く
24日 山田が再度京都に来る。被告人と会う。
ホテルに直行
27日から8月2日まで 被告人,宮崎の祖母の葬儀に参列し,そのまま宮崎に滞在
8月 3日 被告人,京都に帰る。
4日 被告人が山田に電話
5日 山田が京都に来る。
山田が久保宅を偵察
10日 山田が勤務先を退職し,京都に出てくる。車中に宿泊
その日,ホテルで被告人に切り出し小刀を見せる
11日から14日 ほぼ連日,被告人は山田と会う。
15日 山田が久保を刺す(本件犯行)。

5 実行行為及び発覚状況等
平成16年8月15日午前10時ころ,久保恵子が自宅近くのバス停に立っていたところ,山田がいきなり駆け寄り,持っていた切り出し小刀で恵子の腹部を突き刺し,そのまま逃げ去った。しかし当日午後10時ころ山田は警察署に凶器の小刀を持参して自首し,逮捕された。
山田は,当初単独犯を主張していたが,10日後ころから,久保殺害を被告人から依頼された経過を供述し始めた。被告人は,同年9月1日,殺人未遂罪の共犯として逮捕された。

6 被害者及び被害状況
 被害者の久保恵子(当時30歳)は,ライフドア株式会社の専務取締役久保正の長女 で,平成16年6月ころ,同社係長中村英俊と婚約した。 
恵子は腹部に深さ約10センチメートルの刺創を負い,入院加療約1か月の負傷を負った。腹部にわずかの瘢痕を残すものの,他に特段の後遺症はない。

7 示談の成立
平成16年11月10日 被告人の両親が治療費以外に200万円を被害者恵子に支払い,恵子は示談に応じた。そこには「私も中村に騙され,被告人の気持ちが判らなくはないので被告人を宥恕します。」との文言と,恵子及び父親の署名がなされている。

8 共犯者山田に対する量刑
山田に対しては,当裁判所で平成16年10月26日に懲役6年の刑が言い渡され(求刑懲役8年),同年11月10日確定し,同人は,現在服役中である。