● 冒頭発言その4
裁判官・安原浩(松山家裁)
 映画を見て,地味なテーマなのに最後まで引きつける迫力があると感じた。昔の三谷幸喜監督の「12人の優しい日本人」という陪審をテーマとした喜劇?以来の傑作と思う。
裁判所作成の模擬裁判ビデオとの差は歴然である。監督の才能を感じる。

 最後の判決言い渡しのシーンで慄然とした。決まり文句ですませようとする裁判官の姿勢に,自分を重ね合わせ,ああいう言い方を自分もしてしまうかも知れないと思ったためだ。
たしかに被害者の女性は嘘を言う動機は考えにくい,しかし問題はその女性の証言が完全ではないことだ。わいせつ行為をされた手をいったん離したと証言しているから,その後の被告人の特定と間に時間的差が生じている。そこを他の証拠などと丁寧に検証しなければならないが,紋切り型の説示ですませようとする誘惑に駆られるのではないかと危惧したのである。私を含めて日本の刑事裁判官はあまりにも有罪慣れしてしまっている危険があると思う。

 素人裁判官が参加する裁判員制度はそのような危険を除去できる可能性があるすばらしい制度と思うが,問題は評議のあり方がまだ混沌としている点であろう。最高裁サイドから,もっと裁判員を信用して評議してもよいのではないかとの意見が出される位であって,従来の議論に裁判員をはめ込もうという意識が裁判官になお色濃く残っている現状をどう変えていくかが今後の最大の課題であろう。