● 日本裁判官ネットワーク例会「長嶺超輝氏をお招きして」
平成19年12月1日
於 サンピーチ岡山
長嶺超輝氏
「裁判官の爆笑お言葉集」(幻冬舎新書)の著者
報告その1(挨拶と長嶺氏のお話)


司会(A裁判官)
 それでは,日本裁判官ネットワークの講演会を始めさせていただきます。この裁判官ネットワークの会を初めて私のふるさと岡山で開くことになりましたことを光栄に思っております。まず,この裁判官ネットワークのコーディネーターの中の最長老ということで安原松山家庭裁判所所長の方から,最初にご挨拶申し上げます。


安原裁判官
 皆さんこんにちは。本日は,各地から大勢の方にお集まりいただき,本当にありがとうございます。本日は長嶺超輝さんに講演をお願いしております。長嶺さんは我々とはこれまで全く接点がなく,突然お願いいたしましたが,快く講師を引き受けていただきました。誠にありがとうございます。

 私は長嶺さんの本を読んで非常に新鮮な驚きを感じました。裁判官を題材にしてベストセラーを書いたというだけではなく,題名に爆笑とありますけれども,法廷に現れた裁判官のちょっとした言葉から裁判官の心の中の本音とか悩みを探っていこうというのは非常に斬新な切り口だと思いました。私としては,なんでそのようなことを思いついたのかを是非お聞きしたいと思っておりまして,他のメンバーからも賛同者が多く,なんとかお願いしてみようと言うことで,本日を迎えたわけであります。

 ご承知のように日本裁判官ネットワークは,1999年9月18日設立されました。その当時は非常に緊張したものですから,よく日にちを覚えております。現職裁判官による団体としては,日本の歴史上はじまって以来と自負しております。司法機能の強化,開かれた司法の二つをネットワークの目標として現職裁判官が集まって議論しようという団体であります。ただ裁判官の団体ということで,やたらに多数決で決議したりするのではなく,個々の裁判官がそれぞれ自分が考えていることを尊重し,それを言いやすい雰囲気を作ろうということでできたものです。それぞれが自分の頭で考えたことを,本に表したり,マスコミで発言したり,あるいは市民集会で発言したりと,いうようなことをずっと続けてまいりました。また,開かれた司法ということで,一般の人に聞いてもらえるようなテーマで集まりを開催し,その中で,我々自身も勉強し,市民からの意見も我々の考えに取り入れよう,というようなことも続けてまいりました。約8年間やっておるわけでありますけど,それなりに成果は上がっているというふうに見ております。

 一つは,我々が勤務時間外にこういうところでいろいろな企画をしたり,喋ったりすることについて,裁判所の中で,全くフリーになりました。以前は非常にうるさかったのですが,今は一切そのようなことは無くなりました。もう一つ,裁判官の人事制度については,最高裁に下級裁判所裁判官任命諮問委員会という第三者機関のようなものができて,いわゆる思想,信条による不再任というようなことは無くなってきたし,我々の人事について,所長とか長官がどう評価しているかという評価書を開示する制度,またそれについて不服申立もできる制度ができるようになりました。まだまだ不十分なものですけど,そこそこの人事の透明化が図られてきています。いろんな面で裁判官ネットワークが願ってきたことが,司法改革の追い風もありまして,ある程度実現してきているという状況であります。ただ,転勤や昇給,ポストの指定等はまだまだ不透明であるとか,ネットワークになかなか若手が入ってくれない,そのため年齢層が高齢化しているというような残された課題がいろいろありますので,今後どういう活動が必要か,あるいはどうしたら若い人にアピールできるのかということなどを,真剣に考えなければいけないというように思っております。

 長嶺さんには本当にお忙しい中,我々の要望にお応えいただきわざわざ東京から来ていただきましたので,ゆっくりお話を伺いたいと思います。また,会場の皆様も是非長嶺さんにいろいろな質問なりぶつけて,活発な意味のある会にしていただければと思います。どうぞ宜しくお願い致します。


司会
 それでは長嶺超輝さんの講演に入りますが,その前に,前回東京でネットワークの会合を開かせていただきました。その際にお話をしていただいた周防正行監督が本日会場にお越しになっております。周防正行監督は「それでも僕はやっていない」という映画を監督されて,好評を博しまして,この度,報知映画賞最優秀作品賞を受けられました。またさらに,「shall we dance」とかですね「しこふんじゃった」などの名作を多く作られておられます。今回この長嶺さんの裁判官の爆笑お言葉集の中にも「それでも僕はやっていない」が「迫真のホラー映画である」と書かれております。ここで周防監督を紹介申し上げます。どうぞ,拍手でもってお迎え下さい。(大きな拍手。)

 それではお待たせいたしました。長嶺超輝さんをご紹介いたします。今年3月に裁判官の法廷等での発言をまとめた「裁判官の爆笑お言葉集」を発表したフリーライターの長嶺さんです。


長嶺超輝さん
 皆様はじめまして。長嶺超輝と申します。フリーランスでライターをやっております。私は大勢の前で講演するということが経験として初めてでして,しかも裁判官の皆さんの前でということですので,ちょっと緊張気味の話になるのかと思います。

 今日は「裁判官の爆笑お言葉集をめぐって」という題目でやらせていただくのですが,裁判官の法廷での発言を集めた本というのになぜ爆笑というタイトルがついたのか,そういう疑問がまずあると思うんですけれども,爆笑というキーワードは二つ解釈ができるかなと思うんですね。まず一つは僕が裁判官の皆さんのお言葉に対してあざけ笑う,じゃないですけどそういう感じのイメージがあるんじゃないかということですね。二つ目が,この本を読んだ読者の方に爆笑という身体反応を期待するという感じの意味があると思うんですけれども,この本を3月30日に出しまして,その日あたりから恐ろしいくらいの反応がありまして,私自身の知らないところでいろんなことが動いているなという感じがしました。

 6月13日に関西テレビの「痛快エブリディ」という番組に招かれまして,その時に,芸人さんとか落語家さんとかたくさんいらっしゃるんですけれども,その中で若手の「ロダン」という,つっこみの方が京大法学部を卒業したという方で,ボケの方が大阪府立大学だったかな,結構大学をちゃんと卒業しているというコンビなんですけれども,そのお二人が,私の爆笑お言葉集で収録した言葉を紹介してくださったりしたんですが,スタジオとか,パネラーの反応が割れて,笑いが起きないと,結局爆笑できないのは私のせいだ,みたいなオチに使われたり,それはそれで楽しかったんですが,言われるんですね。

 そのときに,隣に八代英輝弁護士がいらっしゃいまして,CM中「長嶺さん,このタイトルは長嶺さんが考えたものではないですよね。」というふうにおっしゃったので,さすがだなあと思いました。見る人が見たらやっぱりそういうことは分かるのかなと。

 裁判官の爆笑お言葉集というタイトルはですね,実は,私の知らないうちに決まっていたという感じのものでして,私はこのタイトルを最初見たときにちょっと力が抜けました。 ありえないなと,こんなタイトルは,これはまずいんじゃないかと思って出版社に抗議というかお願いしましたけれども全然通らなくてですね,私もその時はどこの馬の骨ともわからないような状況でしたので,自分の名前だけでは当然売りようがないわけで,タイトルを幻冬舎の編集長の方が考えてくださったということです。私も致し方ないなというふうに思いでこのまま出させていただいたんです。「裁判官」というキーワードと「爆笑」とのギャップが効くんじゃないかという判断なのだろうと思います。

 この「爆笑」の本の意図としては,先ほど安原さんがおっしゃったように,裁判官の言葉を巡って,裁判官がどういうふうに事件に対峙して,どういうふうなことを考えてらっしゃるかということを探るという意図で書かせていただきました。

 もともとこの本の企画がスタートしたのは,私も司法試験で7年間それなりに法律の勉強をしてきたものですから,それをなんとか生かせないかということを考えまして,法律関連の企画を練っていったんですけど,私の考えているとおりにはなかなか通らないと。たまに出版社の方が,私に一度会いましょうというふうにおっしゃって,行ったんですけれども,そこで「あなたは書きたいという気持ちが強すぎる。」と言われてですね,物書きが書く気持ちが強すぎたらいかんのかなというふうに思いました。それでもだんだんいろいろ企画を考えては自分なりにボツにし,ということを繰り返しているうちに,やっぱり本というのは商品なんだなと思いました。それなりに一般の方に広めていくためにはサービス精神がある程度必要なのではないかと。楽しんでもらおうという気持ちがですね,それが一番大事だと思ったのです。しかし,それと法律を結びつけるという接点がなかなか思いつかずにいたところ,一昨年に,第43回の衆議院総選挙がありまして,それと同時に,最高裁の国民審査が行われました際に,最高裁の裁判官の名前ですね,私は法律学を一応大学で専攻しているくせに,一人も知らないということにショックを受けました。それで国民審査の判断資料の本というのがなんとかできないのかなというふうに10年前に思いまして,一昨年の段階で,それをとりあえずホームページの中で私なりにまとめてですね,新聞や,著作や雑誌を調べて,その裁判官,国民審査の対象裁判官について,どんな方なのか洗い出すということをしておりましたら,日に日にあちこちからリンクがつきまして,それがどんどん増えていって,最終的に,国民審査当日に1日11万ヒットを記録するという恐ろしいことになりました。それが朝日新聞の夕刊で取り上げられたというかたちになりまして,その朝日新聞の記事をたまたま見てくださったのが幻冬舎の編集者さんということになります。12月,ちょうど2年前ですけども,その12月の末くらいに,メールをいただきまして,なかなか面白そうなことをやってらっしゃるので,一度話をさせていただきたいということである喫茶店でお会いしたんですけど,その時に初めにいただいた企画は,ある人が怪しいなと思われて,任意同行なり逮捕なりされてから判決をもらうまで,この流れを長嶺さんなりに分かりやすく,おもしろおかしく書いてくださいというふうに言われました。しかし,そういう本は専門家の方が書いたほうがいいのではないですかというふうに思って,その場はそれで終わったんですけど,その後半年くらいやり取りがありまして,ああでもない,こうでもないのやり取りが続き,結局,最初企画のとおりに,順番に逮捕からずっと判決まで何かおもしろいことはないかなと調べていった時に,注目したのが裁判官の判決に際する訓戒という手続ですね。その訓戒の具体例というのが,2.3個あればなと思って新聞記事の検索サイトで検索しましたら,すごい記事がざくざく出てきましたので,これだけで一冊にできないかというふうにご相談したところ,その企画が幻冬舎の中で通ったというのが裁判官の爆笑お言葉集の出版に至ったという経緯であります。なので,最初に裁判官の訓戒なり,法廷での補充質問なり,ユニークなものを集めて,出版しようというのではなくて,いろいろ寄り道をしながら気づいたらそうなっていたということです。私が,3月にこの本を出しまして,この本がきっかけでいろんな方と知り合うことができて本当に感謝しております。今月の13日にですね,いよいよ10年越しの国民審査に関する本を商業出版することが決まりました。タイトルは「サイコーですか? 最高裁!」という本でですね,ちょっと最高裁をからかっちゃおうという,一応フォローはしながらからかう感じで微妙なんですけど,あんまり批判ばかりすると,批判のインフレが起こって批判の価値が下がっていくかなと思って,ちょっと茶化しながらもフォローを入れつつ,つまり一応日本の司法に誇りを持っているという感じを入れながらちょっと茶化させていただいたという感じになります。

 その企画は,この爆笑お言葉集を出した3日後の段階で早くもいただきまして,私としてもずっと国民審査の本を出したいという気持ちがありましたので,国民審査の判断資料を商業出版できないかというふうに私が言いましたところ,それはちょっと商業的に成立しないと,正直面白くないと言われました。そういうものは,買う人がいないし,国民審査が終わってしまったら誰も買わないだろうと。一応最高裁一般,裁判所一般について触れてからということなら,まあ成立するんじゃないかというふうにおっしゃってくださいましてそれで書き始めました。私も最高裁の法廷というのは,弁論を観に10回程度行ったぐらいで,最高裁の法廷でもいろいろ有名な方をお見かけしたり,お話しさせていただいたりするんですけど,そういう裁判傍聴録もちょっと入れつつ,最高裁に対する私なりの疑問だとか,一般の方でも読んでいただきやすいように,きっかけも入れつつ書かせていただきました。あとですね,裁判官のこのお言葉集の第2弾を書けというふうに前々から言われていまして,それはなかなか進まずにおります。今回のお言葉集の本の中で私が実際に傍聴して見たというのは残念ながら5個しかないんですね,ほとんどは,新聞なり雑誌なりで記者の方が取材した成果をお借りするかたちで引用させていただくかたちになっております。今度は,その一応集めた気になる発言を発した裁判官の裁判を実際に全国を周って傍聴していこうということも考えておりますし,国際お言葉集ということも考えています。アメリカなりイギリスなり韓国なりで,やはりユニークなお言葉を発しておられる裁判官が報道されています。以前に「トリビアの泉」でですね,マイケル・チコネッティー裁判官という方が特集されまして,なかなかユニークな判決を出される方で,例えば自分の10匹飼っていた猫を全部橋の下の欄干に放っておいて死なせてしまったという軽犯罪の,アメリカでは軽犯罪らしいんですが,それの判決で,被告人に対して,懲役30日か,それが嫌ならば社会奉仕活動プラス,橋の欄干の下であなたも一晩過ごしなさい,コヨーテの鳴き声に恐れおののくがよい,あなたの飼っていた子猫の1000分の1の悲しみを感じて欲しいということを,チコネッティー裁判官はおっしゃったということを放送で見まして,これはなかなか面白いなと思いました。もしかしたらアメリカに,その裁判官の裁判を傍聴するために行くかもしれません。あとは,裁判官のお言葉を比較しながら何か分かることがないかと,こういう事件に対してこの裁判官はこういうことを書かれたことなどを見ながら,今の司法の現状ですとかを,私なりに一般の方に伝わるように書ければなというふうに思っております。他には,ユニークな犯罪のニュースを紹介しながら刑事訴訟について考えていきましょうという感じの企画を考えております。栃木でタケノコ泥棒が逮捕されたんですけれども,逮捕されたタイミングが,その盗んだタケノコを茹でている最中に捕まったということで,その時は,現行犯ではできなくて緊急逮捕というかたちになったんですけど,その切り口から緊急逮捕ということが説明できればなということをまず一つ考えております。まだその一つだけなんですが,内容としては。あとは,こういう罪名ではどういう法定刑になっているのかとか,実際ではどういう量刑なのかということをグラフなりですね,そういうかたちで分かりやすく,そういう犯罪類型の辞典についての本も進んでいるんですが,なかなか難航しております。あとは,裁判員制度について書いてくれというふうに言われていますが,私もそれはちょっと難しいなということで,今のところ保留にさせていただいております。

 まだ時間がありそうなので,私の生い立ちなどお話しします。私が生まれましたのは,長崎県の佐世保市でして,このお言葉集には,小松平内裁判長が佐世保の支部長を務められているということなんですけど,そこで産まれまして,長崎に1歳の頃に引っ越して,父の転勤で九州の中をぽんぽんと来て,3歳から18歳まで熊本におりました。18歳から福岡の大学に進学したということになります。熊本と岡山というのは,なかなか街の規模的にも,路面電車が通っている感じもなんとなく似ているなという感じで親しみを持っております。私は,一たん東京に上京して,荷物とりに九州に帰ろうとしたことがありましたけど,お金が無くて,鈍行列車乗り放題の青春18切符を買いまして,私の乗り換えの計画では1日で東京から下関まで行く予定だったんですでれども,なかなか思うようにいかずに,1日目ですね,深夜の0時半の段階で着いたのが岡山で,その辺のカプセルホテルに泊まった思い出があります。今日はなんとか一般的なビジネスホテルに泊まらせていただいておりますが。そういうお金のない時代がいろいろありましたが,それなりに自由にいろんなところに,お金が無いなりに,平日の昼間から裁判を傍聴したりですね,そういうことをできる立場にはいたわけで,その意味では恵まれていたのかなと思いました。でも,もし幻冬舎の方からお声がかかっていなかったら,私も未だにまだワーキングプアでやっていたのかなというふうにも思っております。私は昔から漫画家になりたいと思ってまして,漫画を書いては,大学ノートに漫画を書いては友達に見せあっているうちに,そのマンガがいつの間にか隣のクラスに行ったりとか,知らないクラスに行ったりとかそういうことをしてまして,それなりに楽しかったんですね。自分の考えていることを人に楽しんでもらうという形の楽しみというのが原体験としてありまして,それが未だに続いてるんだと思います。その漫画家もやっぱり実際にプロとして書かれている方は,ずっと私の考えていることよりも数段上のエンターテイメントを考えていらっしゃるということを思いましてちょっと諦めつつ,その後は,もともと理科も好きでして,天体観測とか,あるいは地震予知の研究もしたいなと思っていたりした時期もあったんですが,私は計算が苦手でですね,物理の教師に採点済みのテスト用紙を返してもらいながら,「まさか長嶺は理系に来ようとしておらんよな。」というふうに嫌味を言われまして,文系に行かざるを得ないというふうになって。そこで,文系に行こうとは正直思っていなかったのでどうしようかなと思っていたところ,うちの父がですね,会社勤めで人事部長をしておりまして,ま,「法学部に行きなさい」と,法学部だったらつぶしがきく,就職で,と言いますので結局大学のときに法学部に進みました。そこでも,司法試験をうけるというはずはないと言いますか,そこまで法律に興味を持てずにいたのですが,私が九州大学の法学部に,13年前ですね,入学しまして,その頃は本当に父に言われたままに,なんとなく法学部に行ったという,他の法学部生もそんな感じなんですけれども,なんとなく授業を受けたりとか,私は応援団をしておりましたので,授業よりも応援団の方が忙しいし,辛かったけれどもそれなりに面白い奴がたくさんいて楽しかったという感じもありました。

 ところが,たまたま気まぐれに出た民法の授業でですね,二重売買の対抗要件の話です,普通の物は手渡すことによって,所有権が移ったとみんなに言えるんですけど,不動産の場合は手渡すということができないので法務局に不動産登記をして,この人からこの人に所有権が移りましたということを書くんですね。しかし,Aさんにも売ったけど,Bさんにも売っちゃったということがあり得るわけです。その時にどういうふうな解決をするのかという問題についてその民法の教授が「早い者勝ちだ。」ということを言いまして私はショックを受けたんですね。そういう処理が有りなのか,と,もうちょっと法律って厳密なものなのじゃないかなとなんとなく思ってましたので,カルチャーショックを受けて,民法に興味を持ち始めました。3年の頃に九州大学の西村重雄教授,ローマ法の教授なんですけど,ローマ法のゼミをしても誰も来ないということで,民法のゼミを開いてらしたんですが,そこの西村先生,私は何も知らずに民法のゼミだからということで入ったんですけども,そこが九大の中で一番厳しいゼミだということを後から聞きました。私がなんとなく,こういう感じじゃないかなという感じで事件に対する感想を言ったところ,長嶺君の言うことはポエムを聞いているみたいだね,というふうに嫌味を言われました。これも対抗要件なんですが,木ですね,樹木,えー立木ですか,これもなかなか移転,手渡すということができませんので,今は違うのかな,昔は明認方法と言いまして,木の皮を削ってそこに誰が所有者かということ,誰に所有権が移ったかということを書くんですね。で,その事件の発表をしていましたところ,「長嶺君,やっぱり山形県の事件だろ」と「この,山形県はこの事件があった時期には雪がどれくらい降るのか,どれくらい積もるのか」ということをおっしゃったんですね。何をおっしゃってるのか,何を言っているのかなと思ったんですが。明認方法として木を削ったところが,雪が積もることによって隠れるんじゃないかと,隠れて分からなくなるじゃないかなというふうにおっしゃって,あー,このゼミは法律のゼミなんだけども,一応気象とかも,気象データも調べないといけないのかなということを思ったりしました。あの方はなんというんですかね,なかなか手強い方だったんですけども,大学4年の頃にゼミの飲み会がありまして,西村教授と話をさせていただいたんですけども,そこで,長嶺君はものの考え方が弁護士に向いているんじゃないかというふうにおっしゃるんですね。その西村先生も大学時代に現役で司法試験に受かってらっしゃって,一応司法修習は受けたんですけど,やはりお言葉集に登場する松浦繁裁判官,亡くなられましたけど,その方と同期の方なんですけども,やっぱり学者,ローマ法の研究をしたいということで大学に行かれました。その西村先生から司法試験を受けてみてはというふうに言われましたので,本屋さんで司法試験の問題集のコーナーを立ち読みして,とりあえずマークシートの試験の問題を,確か憲法だったと思うんですけど,2問ほど解いたところ2問とも正解してしまったんですね。これはいけるなと。2問中2問ということは100点ですよね。それでちょっと勘違いをしてしまったのが私の間違いの始まりということになります。最初が100点満点でしたから,だんだん下がっていくんですね。勉強するにつれてですね。そこで,司法試験に向いていないなということをやっと7年後に思い知るということになりました。しかし私は別に司法試験に向いて無くてよかったなと思っています。結構今自由な立場でいられるので,仮に弁護士になっても本を出したいなと思っていたくらいですから,やはり今の立場の方が本を書くということに対してはスタンスとして自由でいられるし,行きたいとこにいけると。ということで,フリーランスという立場にいることに対しては今のところラッキーだと思っておりますし,皆さんに感謝もしております。

 昔,漫画家になりたいなと何となく思っていたし,自由業に対してあこがれるという,自由業ということでは弁護士もそうですけど,組織には向いてないなと感じていました。大学の応援団にいたときも何となく浮いていましたので,組織にはちょっと向いてないのかなと,ということで,一人でやらせていただいております。

 また話は今後のことに戻りますが,今考えているのは,昔,ゲームブックってありましたよね。本を開くとストーリーが書いてありまして,選択肢があるんですね。選択肢があって,この選択肢を選んだら,2頁に行けとか,3頁に行けとか,4頁に行けとか,そういう感じの本があってそれで,冒険気分を味わうみたいな本がですね,私が小学校の頃にはやって,私も自分で作ったりしたんですけど,それを法律を解説する上でできないかなということはちょっと考えておりますが,なかなか難しいなという印象ですね。例えば街を歩いていてキャッチセールスが来た場合に,どういうふうな対応をするか,ついて行くか,ついて行ったらどうするか。そういうストーリーですね。ゲームオーバーとかですね。訴えられたらゲームオーバーとかですね。そういう感じのことを考えています。思いつきばっかりあって実践が伴わないのはなんともいえないんですけど,いつかは,濡れ衣ですね,冤罪の問題についても書かなければいけないかなと思っております。3年前ですかね,韓国エステの従業員だった女性が殺害されたという事件が埼玉県の熊谷でおきまして,その時にその女性と同居していた韓国人の男性が逮捕されたと,最初はオーバーステイで捕まったんですけど,そのあと殺人に容疑が切り替わってという裁判で,埼玉地裁の熊谷支部が懲役13年の判決をその男性の被告人に言い渡して控訴しているんですが,その男性がですね,私は同居の女性を殺害はしていないということを,メディアに対して,日本語を勉強してですね,日本語を勉強して片っ端から投書を出したらしくて,そこで,その投書を見た物書き,ライターの人間とかが,いろいろ取材に行くようになって,これはもしかしたら第二のゴビンダ事件ではないかというふうな報道とかになりました。そこで,ゴビンダさんを支援する会の方が動いたんですね。裁判に出てくるときくらいは,先入観みたいなものをもたれないように,ちゃんとしたパリッとしたスーツを着るようにということで,会の方がスーツも差し入れしたんですね。そういうことを,私はそれを知らずに過ごしていたんですが,ある日裁判を傍聴していたときに,帰り道にゴビンダさん事件の勉強会があるので来てくださいというビラをいただいたんで,私も参加させていただいたんですが,ビラを見て来た人間は初めてだと言うふうに,会のリーダーの方が言ってくださいました。そこで勉強会をさせていただいて,ゴビンダさんに容疑がかかった事件の現場,その被害女性が,借りていた部屋ですね,そこを毎月家賃を払って借りていらっしゃったらしくて,私も見せていただいたんですけれども,その帰り道にチャンさん,あの,先ほどお話しした熊谷支部で懲役13年を言い渡された方の話を聞きまして,今年の1月ですね,それでずっと傍聴を続けております。たしかに動機もないし,事故当時のアリバイもある。むしろ,以前勤めていた韓国エステ店で,オーナーの年配男女から恨みを買っていたといいますか,トラブルになっていたなんて話もあって,そこをチャンさんと被害女性が辞めた後、コンビニから宅配便で送ろうとしていた荷物を,オーナーが勝手に回収したり,引っ越し先の居場所を探して動いてたという話もあります。今月の17日に判決がでます。裁判長Hさんですね。刑事裁判について,量刑に対してもいろいろ研究されて論文も発表されてるかたなので,もしかしたら原審破棄もあり得るかなと思いながら,そこでももしかしたらH裁判長のお言葉が聞けるのではないかと思いながら,ちょっと半分期待しながら聞こうと思っています。先日その,チャンさんと東京拘置所で面会しまして,そこで話していたのは,ゴビンダさんの支援会の方が私の爆笑お言葉集を送って下さって,それで日本語の勉強をしていますというお世辞をいただいたんですね。10月の末だったんですけど,11月からキムチが食べれるから嬉しいとかですね,好きな日本語とかありますかというふうに質問したら,私が勉強しているのは裁判用語ばかりで,好きな日本語はあまり浮かんでこないです,ということをおっしゃっていました。無理もないなと思いました。

 元被告人から裁判官の言葉についてどういう感銘を受けたかというのはなかなか聞けるものではないので,非常に難しいとは思うんですけど,そういう取材もできればなというふうには思っています。次の,第2弾のお言葉集について今,テーマとして考えているのは,再犯ですね。まだ,今年の犯罪白書を読んでいませんけれど,再犯で行われている犯罪が全体の約6割という報道がありました。それと,裁判における感銘力といいますか,裁判の場に出てくることによって,自分に対してどういう人生に対するインパクトと言いますか,ターニングポイントになりうるのか,についてちょっと考えてみようかなと,というふうには思っております。もちろん読んで面白いといったら失礼ですけど,読んで興味が湧くお言葉もちょっとあったらなと思っております。