● Judgeの目その26 弁護士殺害事件を考える。

浅見宣義(神戸地方・家庭裁判所伊丹支部判事)

 秋田市で、11月、津谷裕貴弁護士が自宅で刺され死亡したと報道された。津谷弁護士は、日本弁護士連合会で、消費者問題の対策委員長を務めていた。かつて離婚調停でかかわった男性が被疑者のようである。まことに痛ましい事件であり、津谷弁護士のご冥福を心からお祈りしたい。

 それにしても、最近、弁護士など法曹関係者が殺傷される事件が相次いでいる。昨年は、金沢弁護士会の弁護士がかつての依頼者に包丁で腹部を刺され負傷し、今年は、6月に横浜弁護士会の弁護士が、離婚調停の相手方に殺害されたと報道されている。今年9月には、和歌山地検庁舎内で、和歌山地裁で8月に実刑判決を受けたばかりの女性の父親が、担当検事を包丁で切りつけ、司法修習生が取り押さえる事件があった。これらの事件の中には、係属中の事件もあり、1つ1つの事件は、軽々には論じられないところもあるが、法曹関係者が相次いで狙われたことには、特に注意を払うべきであろう。

 裁判所も無関係ではなく、平成19年4月には、東京地裁の刑事事件の公判後に、法廷で暴れた傍聴人の男性が、制裁処分を決める裁判で法壇に駆け上って裁判官に襲いかかり、法服を破るなどしたことがある。平成17年には,札幌高裁で、民事訴訟の開廷直後に,控訴人の男性が刃物を持って裁判官に近づき、裁判官や職員ともみ合いになったことがあった。私は、これらの事件を受けて、平成19年6月に、当ネットのHP(http://www.j-j-n.com/)上の「● Judgeの目その17 開かれた裁判所の理念と裁判所の警備問題〜2つは矛盾するのでしょうか。」で、裁判所と警備問題について述べたことがある。Jネットのブログ(http://blog.goo.ne.jp/j-j-n/d/20090110)でも、「弁護士,襲われる」(2009年1月10日)などで取り上げている。裁判所が利用しやすいためには、実は警備問題は欠かせないもので、その重要性は増していると思われる。弁護士事務所やその自宅であれば、民間人の施設だけに、対策には限界があると思われるが、弁護士が殺害までされる事件が続いているのであるから、日本弁護士連合会などで組織的な議論や対策がなされるのではないかと思われる。

 私は、若いころ、少年審判を担当していて、審判中に少年に襲われそうになったことがある。身の危険を感じて、逃げたのだが、正直それでよかったのか忸怩たるものがあった。自分の言葉の力で、少年を押さえきれなかったからである。ただ、審判に同席した主任書記官が、「裁判官、あれでよかったですよ。どうしようもないこともありますよ。もし、裁判官が殴られなどしたら、書記官も処分されますし、何より裁判そのものが傷ついてしまいます」と慰めてくれた。自分の力のなさはさておき、主任書記官の言葉にはなるほどと思わされた。裁判が傷ついてしまうことは大きな禍根を残すし、裁判の場所さえ安全でなければ、民事事件や家事事件などでは、国民の皆さんが安心して紛争を解決する場所がなくなってしまうのである。裁判に関わる弁護士の安全もしかりで、この問題は、法曹全体の問題、また司法全体の問題として継続して取り上げていくべきだと感じている。

(平成22年12月)