● Judgeの目その23 裁判員裁判と国民参与裁判
 
〜日韓で互いに学び合えるでしょうか?

浅見宣義(神戸地方・家庭裁判所伊丹支部)

裁判員裁判スタート

 5月21日,裁判員制度がスタートしました。司法制度改革審議会が発足したのは平成11年で,裁判員制度を提案した意見書を提出したのは平成13年でした。このころ,刑事裁判に対し,国民の司法参加が実現するには幾多の困難があるとの意見もありましたが,立法や実施に向けの準備期間も終わり,いよいよ発足の運びとなりました。刑事裁判に市民の感覚を取り入れる制度ですので,刑事裁判や裁判所に対する信頼も高まることが期待されます。大事に育てたいものです。

国民参与裁判制度とは?

 ところで,お隣韓国では,昨年1月に国民の刑事裁判への参加を実現しています。「国民参与裁判」と称するようです。同制度については,当時の朝日新聞が概要を伝えています(http://www.asahi.com/special/080201/TKY200802270042.html)。要領よくまとまっていますので,参考にして下さい。
 国民参与裁判は,日本の戦前の陪審裁判に似て,被告人に陪審制の選択権があり,陪審評決・意見は,裁判所への拘束力がないところが特徴的に思われます。
 裁判員制度に似ているところは,対象事件が,殺人や強盗など量刑の重い刑事裁判(一審のみ)であること,陪審員の資格は,満20歳以上の韓国国民で,地方裁判所が予め陪審員候補予定者名簿を作成し,事件ごとに無作為に陪審員を選定すること,陪審員が、所属する会社などから不利益を受けることを禁じる保護措置を法律に明記していること,陪審評決の他,量刑についても陪審の意見が開陳できること,連日開廷を可能にするため,公判準備手続が新設されたことなどでしょう。
 なお,陪審員は法定刑の軽重などによって,5人,7人,9人で構成されるようです(以上,上記概要の他,今井輝幸大阪地裁判事補による「韓国における国民参加裁判」(法曹691ー32)参照)。

国民参与裁判制度の運用状況

 今井輝幸大阪地裁判事補の「韓国における国民参与裁判の現状」(刑事法ジャーナルNo.15(2009年)65頁〜。以下「今井論文」といいます。)によりますと,昨年1年間の国民参与裁判がなされた数は,韓国全土で60件だそうです。そして,日本でも,裁判員の負担の軽重を考える点で関心の高い審理の日数ですが,60件のうち,56件が審理1日,4件が2日で,その審理日数で判決までなされています。これは本当に驚きです。
 具体的には,午前9時半から選任手続が始まり,午後8時前後に判決というのが典型的な進み方のようです。時に,判決が深夜に及ぶことがあるようですが,これは,できる限り1日で審理を終えようとする法曹三者及び陪審員の努力と熱意によるものであろうと今井論文はコメントしています。ただ,この審理日数の点については,対象が重大事件なので1日に拘泥しすぎるのはどうかなどの批判もあり,今年になってからは,審理2日の事件が増えていると仄聞するところです。
 いずれにしても,審理期間を短くして陪審員の負担を軽減しようとする運用もあってか,2008年6月末日でのアンケートでは,陪審員等の満足度がとても高い結果が出ています(今井論文)。公判手続は満足79.8%,普通19.2%,不満1.0%,評議・評決は満足75.9%,普通24.1%,不満0.0%のようです。候補者待機,選任手続では満足度がやや落ちるようですが,それでも韓国のアンケート結果は注目すべきものです。日本の裁判員制度も,韓国以上の満足度が得られれば,と期待しますが,日本でも検察審査会を経験した人たちの評判がよいことを考えると,決して夢ではないと思います。

日韓の司法関係者が学び合うべきではないでしょうか?

 韓国では,「国民参与裁判」に関する「国民の刑事裁判参与に関する法律」が制定されたのが,2007年6月1日ですから,わずか半年余りで実施に移されており,日本が5年の準備期間を置いたのとは対照的です。ただ,韓国の国民参与裁判は,「試験実施」という位置づけで,2012年末までの5年間が試験実施期間のようで,この期間の実施を通じて最終的な制度設計をするための専門機関が設置されています。こうしてみると,形は違えど,両国とも5年位は準備期間なのかもしれません。ただ,先に運用のスタートがなされた韓国の運用状況は,日本の実務にも参考になるところが大だと思います。また逆に,日本は,模擬裁判等を通じて,運用の準備をしてきましたし,これからも,年間3000件も裁判員裁判が予定されるところであり,韓国の年間60件とは比べものにならないでしょう。それだけに,韓国の司法関係者には,日本の裁判員制度の運用に関心が高くなるのではないかと推測しますし,そうあって欲しいと個人的には思っています。両国の司法関係者が互いに学び合えるのが理想ではないでしょうか。
 当ネットワークでは,裁判員制度実施を祝し,また,韓国の運用状況に学ぶべく,李東熹韓国国立警察大学教授をお招きして,6月6日,大阪梅田で講演会を開きます。当ネットワークのHP(http://www.j-j-n.com/)に6月例会としてお知らせがあります。李教授は,国民参与裁判はもちろんのこと,韓国における被疑者取調べの可視化についてもお詳しいようです。日本語に堪能で,わかりやすい講演になると思います。是非ご参加下さい。


(平成21年6月)