● Judgeの目その19 裁判所委員会
 
〜4年を超えた地裁委員会・家裁委員会(改組後) 」

浅見 宣義(大分地方裁判所) 

「裁判所委員会」

 こんな名前を耳にすると,よくある行政委員会の一つと思われるかもしれません。でも,かなり違うのです。

 行政委員会は,国や自治体におかれるものです。東京都のホームページを引用すると,「行政委員会等は、知事への権限の集中による弊害を防ぐため、知事から独立して仕事を行うものです。しかし、都政の一体性を保つため、行政委員会等に関係することでも、予算の仕事や議会への議案の提出などは知事が行っています。」とあります。例としては,教育委員会,選挙管理委員会,人事委員会,公安委員会,労働委員会,収用委員会,海区漁業調整委員会があげられ,具体的な行政の権限があります。国でも,人事院,公正取引委員会,国家公安員会などが置かれています。総じて,専門性や政治的中立性が要求される分野に,行政委員会が設けられているといえるでしょうね。

 裁判所委員会は,裁判所に設けられるもので,その設置目的は,「裁判所の運営に広く国民の意見を反映させる」(地方裁判所委員会規則・家庭裁判所委員会規則の各第1条)ことにあります。行政委員会のような具体的な行政権限はなく,裁判所の運営に関し,裁判所の諮問に対して応じること,裁判所に意見を述べることが所掌事務です。裁判所は,行政とは異なって,トップともいえる所長の権限はさほど大きくはなく,そのため,行政委員会とは,異なる趣旨,性格で組織されているともいえるかもしれません。歴史もまだ4年です(家庭裁判所委員会は改組後)。歴史が短いのは,平成司法改革の動きの中で,司法制度改革審議会が,平成14年の最終意見書において,裁判所の運営に国民の健全な常識を反映させることによって,裁判所に対する国民の理解と信頼を高め,司法の国民的基盤を強化することにつながるとしたために,平成15年に全国の地方裁判所,家庭裁判所に設置されたためです(家庭裁判所委員会は,正確には改組です。)。



4年の活動実績

 地方裁判所委員会では,裁判員制度関連のほか,調停制度,簡易裁判所問題,調停委員等の人選問題,刑事訴訟関連,裁判の迅速化問題,利用者アンケート,法教育関連などが取り上げられ,家庭裁判所委員会では,少年事件関連,成年後見制度,家事事件関連,利用者アンケート,DV関連,裁判所建替問題,法教育関連などが取り上げられているとされています(河合良房「裁判所委員会で裁判所は変わったか」自由と正義2007年8月号13頁以下)。

 成果としては,各裁判所委員会で様々でしょうが,例えば,福岡地方裁判所では,相談窓口の民事手続案内用リーフレットの改訂,裁判官の「出前講義」の増加,親子裁判所見学会の実施,ホームページの改良,地下鉄最寄口における裁判所案内表示板の新設などで,裁判所委員会の意見が反映されたと委員から報告されています(夏樹静子「地裁委員会を振り返って」自由と正義2007年8月号21頁以下,夏樹さんは,高名な作家の方ですね。)。

 ただし,テーマ設定の難しさは,つとに指摘されるところで,現在の裁判所委員会が,改組前の家庭裁判所委員会のように形骸化するおそれが指摘され,活性化のための提案もされているところです(松森彬「裁判所委員会の活性化のために」自由と正義2007年8月号43頁以下)。まだ4年の歴史ですから,得られた成果を前提にしながら,裁判所委員会をいかに育てるかという観点から議論が必要と思われます。


アメリカニューヨーク州のレポートから

 ところで,裁判所委員会の将来を展望する上で,興味深いレポートを紹介しましょう。アメリカ合衆国ニューヨーク州市民コート・モニター活動のレポートです(丸田隆「裁判所委員会の課題」自由と正義2007年8月号30頁以下,狩野節子「市民コートモニター活動には温もりがある」同号36頁以下)。これらのレポートによると,同州には,1975年に,同州の住民が裁判所の運営のあり方について提言し,意見を述べることを制度化することを目的とする「現代裁判所基金」が設立されているようです。同基金は,専門家の派遣や資金提供によって,市民の裁判所モニター活動を支援し,市民モニターは,現代裁判所基金が立案した重点調査対象のテーマに,毎週又は隔週に,裁判所の審理を傍聴するという任務が与えられ,裁判手続・その他裁判所の手続の効率性,裁判所の物的環境のほか,裁判官,弁護士,裁判所職員の仕事ぶりについても評価し,その結果を現代裁判所基金が集約し報告書を作成するそうです。これによる具体的成果としては,古い裁判所の増改築,新しい裁判所の建物の建築,裁判所のセキュリティの強化,裁判所内の託児所の設立,裁判所職員市民対応トレーニング・プログラムを受けさせるなどが報告されています。

 もっとも,市民モニターの評価による報告書が,どのような手続を経て,上記成果につながったのか知りたいところですし,裁判所の成り立ち・仕組み,裁判所予算や司法行政等について権限の所在等に彼我の違いがあるでしょうから,アメリカニューヨーク州だけの経験を参考にすることはもちろんできないと思います。しかしながら,上記市民モニター登録者は,ニューヨーク州内で数百人を超えており,ボランティアで,しかも,できるだけ地域社会の幅広く多様な代表性を表す基準を満たした人物であることから,近い将来ではないのですが,将来像としては,裁判所委員会にも参考になるのではないかと思います。


裁判員裁判実施を踏まえながら

 日本では,ここ10年から15年ぐらいの間に,「利用しやすい裁判所」「開かれた司法」の理念が広まり,司法制度改革審議会設置以後,具体策が次々と制度化され,実施もされてきています。その中で,最大の制度である刑事事件における裁判員裁判の実施があと1年数か月後に迫っています。この実施がなされれば,裁判員だけでなく,その候補者を含め,年間何万人という人たちが,裁判所を訪れ,裁判の当事者の方々とは異なり,自分の利害からではなく,いわば公務として,裁判所施設を利用し,裁判所の人間と触れ合い,裁判手続に関与します。私は,裁判員候補者で終わった方々はともかくとして,実際に裁判員になられた方々は,おそらく,現在の検察審査会員経験者と同様に,裁判や裁判所への関心を高め,大方は裁判所の姿勢や対応について理解をされるのではないかと思うのです。「汚職報道がない」「清くて正しい印象」といった一般的,抽象的なイメージによるのではなく,具体的経験を通して,かつてない裁判所の理解者は増えるように思います。こうした方々の中から,裁判所の運営について,アメリカニューヨーク州ほどではなくとも,ボランティアとして,たとえ日常的な事柄であっても,積極的で建設的な提言をして頂ける方々が増えるのではないでしょうか。今年は,裁判ものの映画やドラマ,それに著書が話題になることが多かったと思いますが,これは裁判員裁判実施を間近にして,裁判への関心が高まってきたことの現れですが,上記裁判ものの中身には,現在の裁判や裁判所批判だけではないことに注意して欲しいのです。国や裁判所の仕組みや歴史は違いますが,日本でも「司法ボランティア」「司法サポーター」が増える土壌は確実に広がってきている,又は将来広がる可能性があるといえるのではないでしょうか。こうした方々を裁判所委員会委員に任命するというだけでなく,何らかの形で,司法に関与し続けていただける路を探るのは,司法政策的にとても重要なことのように思います。1年数か月後に,裁判員裁判が実施された場合,裁判所もさることながら,とりあえず,裁判所委員会と裁判員経験者との意見交換会なども実施してみたらどうでしょうか。 
(平成19年10月)