● judgeの目その2  長官所長会同
浅見宣義(大分地家裁)  
 「長官所長会同」といっても,耳慣れない人が多いかもしれません。これは,簡単にいうと,年に一度開かれる裁判所のサミットです。最高裁判所の裁判官(15名)による会議は,「最高裁判所裁判官会議」といって,最高裁判所の司法行政事務について週に1回協議しますが,最高裁の裁判官のほか,全国の高等裁判所の長官(8名)及び地方・家庭裁判所の所長(現在は70数名)が,年に一度一同に会して,司法が直面している諸問題について協議するのが「長官所長会同」です。先進7カ国のサミットのような若いリーダー(ブレア英国首相)や,日本の閣議のように名物閣僚といった人はいませんので,比較的地味で世間ではあまりニュースになることはないのですが,日本の三権の一つである司法のサミットですから,もう少し関心が高まってもいいのではないかと私個人は常々思っています。

 ところで,この「長官所長会同」では,「最高裁判所長官あいさつ」というものがなされます。平成11年までは,「最高裁判所長官訓辞」と称していましたので,この言い換えも平成11年の司法制度改革審議会設置によって始まった平成司法改革の影響かもしれません。世間の常識的な言い方に変わったことは,小さなこととはいえ,それなりに評価できることではないでしょうか。この「最高裁判所長官訓辞」や「最高裁判所長官あいさつ」の内容は,司法のトップが,司法を取り巻く情勢認識を語ったり,裁判所の取組みや課題などを紹介,指摘などするもので,過去のものをたどっていくと,戦後の司法が何を考え,どのように変わってきたかを知ることができます。例えば,昭和23年の「訓辞」は,新憲法下での裁判官の使命を高らかに謳っており,昭和31年のそれは,任期10年の下級裁判所裁判官の初の任命替えを控えて,「不適任者の不再任とともに適材適所の人事交流の方針の下に人事の刷新を行い」「周到なる基礎的調査と公平妥当なる配置計画の確立ならびに裁判官官舎の増設などが必要」などと指摘しています。「司法の危機」が叫ばれた昭和45年前後には,法廷の秩序維持・確立や裁判官の団体加入の当否に言及しています。そして,平成11年以後は,何といっても平成司法改革に対して触れた部分が多くなっています。

 そして,今年の「最高裁判所長官あいさつ」には,次のような内容が含まれています。興味深いので,原文のまま引用しておきます(最高裁判所事務総局発行「裁判所時報」第1365号1頁。最高裁判所のホームページ(http://www.courts.go.jp/)中の「お知らせコーナー」)。今後の司法にとって重要な指針といえましょう。「このような一連の裁判制度改革の中で,最も大きな影響を持つと思われる裁判員制度の導入に関する法律が制定されました。国民が刑事裁判に直接加わる制度は,陪審制以来約60年振りであり,現在の刑事裁判を大きく変えていく契機になるものと思われます。この制度の円滑な運用は,国民の積極的協力を得られるかどうかという点に大きくかかっています。(中略)さらに,昨年のこの会議でも指摘したように,裁判員が参加する裁判を担当する裁判官を育成していくことも重要な課題です。法施行までの5年間に,主体的な視点を持って制度設計・運営の議論に加わり,その具体的な姿を作り上げていく意欲を持った多数の裁判官が生まれることが望まれます。」。

 つまり,裁判員制度導入を控えて,国民の積極的協力と新しい刑事裁判官の育成が必 要であると強調しているのです。どちらも当然といえば当然なのですが,後者の点でいうと,過去10数年間は,民事裁判の運営改善,民事訴訟法・民事執行法等の改正作業や同改正法の定着などが司法の重要課題としてあったため,裁判官の育成はどちらかというと民事裁判官に比重が置かれていた印象が否めないところです。これが今後変わっていくことになるでしょう。いわば、民事シフトから刑事シフトといったところでしょうか。実際,最近の報道(読売新聞平成16年9月14日朝刊)では,諸外国の陪審制や参審制,特に裁判官と裁判員との意思疎通のあり方を学ばせるために,約100人の中堅裁判官を欧米に派遣するとの最高裁判所の方針が出されています。

 私は,個人的には,裁判員制度の導入を控えて,現段階で上記のような方針が出されたことは真に適切であると思っています。そして,これからの司法の現場では,民事や家事,少年の担当裁判官の育成も従前以上に当然必要ですが,刑事裁判官の育成には,担当部署を超えて全体で盛り上げていかなくてはいけないと思っています。国の財政が火の車の時代で,しかも各部署とも事件数が増え,迅速さも要求されるということで,大変な時代なのですが,司法の改革にとって「本丸」に人的資源や財政資源を投入することはやむを得ないことでしょう。各部署に不平不満は生じ得ましょうが,これから5年間が重要な時期であり,我慢もやむを得ないといえるでしょう。ただし,いくら財政難としても,最高裁判所が,司法制度改革審議会で表明した10年間で最低450名の裁判官の増員が忘れられては困ります。念のため。

 なお,長官所長会同は,最近では毎年6月中旬に開催され,「最高裁判所長官あいさつ」は,7月1日付けの裁判所時報や,最高裁判所のホームページ中の「お知らせコーナー」に掲載されるようです。関心を持っていただけた方は是非お読み下さい。一般の方だけでなく,裁判官や裁判所職員も,忘れずに是非読んでいただきたいと思います

(平成16年9月)