● 裁判官評価の不服申立制度のあるべき方向 [PDF]
「裁判官の人事評価の在り方に関する研究会報告」のうち,外部評価の問題について  (2002年8月)
 
岡 文夫 (大阪家裁) 
1 評価開示制度

 7月16日、最高裁事務総局に設置された「裁判官の人事評価の在り方に関する研究会」が報告書を発表した。これにつき、裁判官の評価の開示及びその不服申立制度について見てみると、まず、評価の本人への開示制度を認めている点は、大いに評価できる。

 研究会がこの制度を認めた最大の動機は、司法制度改革審議会の報告において、開示制度の採用が必要であるとされたことにあるが、それとともに、現在、政府でおこなわれている公務部門の人事評価制度の改革においても、評価の本人開示制度が採用されたことにあるようである。そして、研究会はもちろん、司法制度改革審議会においても、評価の開示制度を採用するという結論に至った最大の契機は、日本と同様、裁判官制度にキャリア制度を採用しているドイツやフランスでも、評価の本人開示が採用されていることにある。

 もっとも、研究会は、評価を本人に開示することによるデメリットとして、裁判官同士の人間関係の円滑を欠き無用の混乱を招くおそれがあること、本人がやる気を失ったり悩んだり不満をためたりするおそれがあること、評価ばかりを意識する裁判官が出てくるおそれがあること、評価の記載が抽象的になったり当たり障りのないものとなり、評価者の率直な評価を阻害する虞があることなどを揚げている。しかし、研究会は、それらのデメリットよりも、評価の透明性を重視した結果、本人開示の制度を採用すべきであるという結論に至ったとのことである。また、研究会は、本人開示制度のメリットして、評価を本人の自己研鑽に役立てることができるということもあげている。

 その開示の手続の内容として、まず、開示の対象者については、開示を希望する者だけとしているが、これも、妥当であると思われる。また、開示の範囲は、本人の評価書面に記載されている全ての内容とすべきとしているが、これも、本人開示の制度趣旨に照らせば妥当な結論と言える。


2 研究会が示す不服申立制度

 しかしながら、評価内容に不服がある場合の手続については、研究会は、不服制度を十分に理解しているものとは考え難い。

 すなわち、本件報告書では、評価への不服申立制度の基本的手続として、被評価者には評価の内容について不服を述べる機会を保障し、評価者は、それをけて評価内容を再考し、その過程及び結果を記録化するというだけに終わっており、不服を判断する第三者機関の設置は不要であるとしている。

 研究会は、そのような第三者機関を設置しない理由として、@ 評価方法には文章式評価を採用するべきであるが、文章形式の評価に対しては、第三者機関による適否の審議は馴染まない、A 各回ごとの評価は、情報の収集という側面を有しており、明確なランク付けを目的とするものではなく、それだけでは直ちに何らかの人事上の結果に結びつくような性格のものではない、B 被評価者に不服を述べる機会を保障し、それを契機に評価者が評価内容を再考するという手続の方が、実質的な対応となる、ということをあげている。

 しかしながら、@は、なぜ故に文章形式の評価に対して第三者機関がその適否ないしは正否を判断することができないのか、その趣旨が不明と言わざるを得ない。

 また、Aは、評価には必ず情報の収集という側面があるのであり、それが直ちに人事上の結果に結びつかなくても、それが必ず人事の資料になるのであるから、これも第三者機関を設置しない理由とは到底言えない。

 さらにBに述べられているような制度は、ドイツやフランスでも採用されているが、それだけでは内部だけでのチェックに終わってしまい不十分であるからこそ、それらの諸国では、第三者機関による評価のチェック制度が設けられ、さらには訴訟まで行うことができる。Bに述べられた理由で、第三者機関を設けないと言うのでは、評価制度を真に透明化、客観化させようという意思があるのか極めて疑問と言わざるを得ない。

 さらに、一般の公務員制度の改革における人事院の研究会報告は、評価制度における不服申立手続として、当該組織内で解決し得ない場合には人事院が第三者機関として対応する、としている。この点から見れば、研究会の評価制度案は、一般公務員よりも、手続的保障のおいて劣後することになると言える。つまり、裁判官は一般公務員よりも身分保障が強いはずであるにもかかわれず、人事評価の点においては、逆に劣後することになるであろう。


3 キャリアシステムへの過信

 裁判官の評価制度に関する最も象徴的な事件は、宮本判事の再任拒否事件であろう。この事件について、最高裁は現在まで、この人事に関する評価を明らかにしておらず、またその人事が不当であったということは認めてはいない。したがって、現在でも、時の政権から最高裁へ圧力がかかった場合に、同様の人事が行われうるのである。したがって、評価制度を透明化し、客観化するということは、同事件と同様な人事がなされた場合に、被評価者が納得できる程までに評価が適正に行われるように、制度設計を検討しなければ、評価制度の改革は無意味である言っていいのであろう。そして、宮本判事再任拒否事件の当時と同様に、政権党から圧力がかかり、最高裁も政権党と同様の評価基準を持つに至った場合、最高裁と一体となって司法行政を行っている高裁長官や所長が、最高裁の意図に反した評価を十分なしうるであろうか。それが可能であると考えるのは、過去の経験から学ぶことがあまりにも少なすぎるのではないだろうか。

 研究会は、「裁判官の人事評価制度においては、裁判官の独立の原則への配慮が不可欠である」としている。そして、評価の開示制度については、前述のとおりいくつもの障害が予想されるにもかかわらず、諸外国の制度も研究し、その必要性を重要して、その採用に踏み出している。それにもかかわらず、不服申立制度については、全く説得力のない理由で、なぜ第三者機関の設置を躊躇するのであろうか。そこには、現在の日本的キャリアシステムの欠陥を十分認識せず、日本的キャリアシステムへの過信がまだ残っているように思える。


4 人事制度のなかの評価制度


 司法制度改革審議会の報告は、裁判官の評価制度や、任用制度については、その改革の必要性を説いたが、裁判官の人事制度そのものについては、何も触れなかった。しかし、評価制度は、まさに人事制度の一部であり、人事評価が人事の全てを決するものではないものの、人事資料の極めて重要な部分を占めることは誰も否定できないであろう。

 キャリアシステムを採用しているドイツやフランスでは、裁判官評価の不服制度に関して第三者機関を設けているが、さらに人事決定そのものについても第三者機関が関与するような制度となっている。そして、その第三者機関の構成員には、裁判官内部から選挙で選ばれた委員も含まれている事例が多く、その委員の選挙制度と相まって、人事の民主化、適正化がはかられている。さらには、人事決定への不服に関しては、訴訟までも行うことができる。

 これに対し日本では、裁判官人事そのものについては、その透明化や客観化はおろか、人事を扱う第三者機関も設けられる予定はないのである。それだけに、評価制度の改革は、人事制度の不透明性、非客観性を少しでも是正するための、極めて重要な改革であるはずである。


5 第三者機関の具体案


 評価の不服申立ために新たに第三者機関を設置することは評価制度を煩雑にすると感じられるかもしれないが、司法制度改革審議会の報告でも設置を要請している裁判官任用諮問委員会にその任務を兼務させれば、制度としては簡明なものとなるであろう。そして、その委員会の構成員は多くが裁判所外の者となるであろうことと、その委員会は、裁判官の採用や再任を諮問する際に、任用希望者の評価資料を直接審査することになるであろうから、裁判官の評価方法や評価基準についても習熟しているであろうと予想されることに照らすと、評価の不服申立を判断する第三者機関としては、極めて適任といえるのではないだろうか。

 ある学者は、日本の裁判所制度はシーラカンス状況にあると形容している。このシーラカンス状況をさらに今後も継続することにならないように、裁判官の評価制度における不服申立制度に第三者機関を設けることは不可欠である。                                  以 上