● 泣く連帯保証人と消費者契約法 (2001年7月)
山口 信恭 (松江地方裁判所判事) 
 今年4月1日に消費者契約法という法律が施行されました。抱き合わせ商法といった詐欺的商法から消費者を保護する法律としてさまざまな方面から活躍が期待されています。

 ところで、私は、この消費者契約法は、詐欺的商法とは別の分野ですが、従来よい解決が見出せなかった分野で画期的な解決を生み出すと見ています。それは、泣く連帯保証人といわれている問題です。

 例を挙げて話します。

 Aさんはサラリーマンです。住宅ローンを支払いながら子供のために貯金をしてきました。ある晩、コンビニを経営する親戚が訪ねてきて、銀行借入の保証人になってくれと頼まれました。借りる金額が1000万円というのにはAさんもビックリしましたが、本人が、コンビニは順調で店と自宅が担保に入っているから迷惑をかけることはない、と熱心に頼むので、契約書の連帯保証人欄に署名しハンコを押しました。

 半年後に親戚のコンビニは倒産してしまいました。倒産してから、Aさんは、実は2年前からコンビニの経営は行き詰まり、銀行から不動産担保では足りない、新しい保証人を付けなければ金は貸せないと言われてAさんに頼みに来たことを知りました。

 銀行はAさんに、保証人として1000万円支払うよう請求してきました。銀行はAさんに、貯金はもちろん自宅を処分して返済するよう求めてきます。納得できないAさんは支払いを拒みます。すると、銀行はAさんを相手に裁判を起こします。Aさんは、担当の裁判官に、親戚に騙された、本当のことがわかっていたら保証人にならなかったと訴えます。

 Aさんの場合、消費者契約法が施行される前の法律では、こうなっていました。

 保証契約はAさんと銀行との契約で、借りる本人(親戚)は契約に直接入っていない第三者となります。第三者の本人(親戚)が嘘をついたことを銀行が知っていたときはAさんは保証契約を取り消せますが、銀行が知らなかったときはAさんは保証人の責任を負わなければならない。こうでした。

 銀行が本人(親戚)の嘘を知っていたと認めることはないですから、裁判官は情を抑えてAさんに支払いを命じる判決をすることになります。突然1000万円の債務を負わされ、Aさんはこれまで築いてきた財産を全て失うことになります。これが泣く連帯保証人の問題です。

 消費者契約法についてはたくさんの本が出ていますが、消費者契約法が泣く連帯保証人の問題に関わるとは意識されていないようです。しかし、私は消費者契約法を素直に適用すれば、泣く連帯保証人の問題の解決は180度変わると考えています。借りる本人に嘘をつかれたことだけを理由に常にAさんは銀行との保証契約を取り消せるのです。

 話が硬くなりますが、少し詳しく説明します。

 Aさんはサラリーマンですから銀行との保証契約に消費者契約法が適用されます。これは当然です。消費者契約法では契約の仲立をした人物が嘘をついた場合契約を取り消せるとなっています。もともとは代理店が詐欺的商法をした場合を念頭にしたものですが、特に限定がないのでどんな契約にも使えます。

 そして、Aさんの場合は契約の仲に立った親戚が嘘をついたのですから、この消費者契約法で銀行との保証契約が取り消せます。Aさんは銀行からの請求を拒めるし、銀行に裁判を起こされても大丈夫です。私の考えは新しい考えなので裁判官が理解するのに時間がかかるかも知れませんが、理解さえしてもらえばAさんは必ず裁判に勝てます。私は本当に情と法が一致した解決だと思います。

 銀行は、自分が知らないところで勝手に嘘をつかれて契約が取り消されたら堪らないと言うかも知れません。いや、心配はいりません。銀行の担当者が保証する人に直接会って、きちんと説明すればよいのです。もちろん、このときは消費者契約法に従って重要事項を説明しなければなりません。借りる本人の負債総額、返済見込みは当然です。今どき銀行は企業の倒産確率を把握しているそうです。こういう情報も重要事項に含まれるでしょう。銀行担当者の説明を受けて保証を断ってきたら、貸付を断れば済むことです。

 これは商売存廃の岐路に立つ人には厳しい事態かも知れません。しかし、人を騙して、人の財産を犠牲にして商売をしてよいはずはありません。私はそう考えています。

 Aさんの例は銀行借入ですが、裁判をやっていると、サラ金からの借入やクレジット契約でも、借りる本人の言葉を信じて保証したのに実は嘘だった、最初からわかっていれば保証しなかった、という例は少なくありません。消費者契約法はどんな契約にも適用されます。サラ金からの借入でもクレジット契約でも、借りる本人に嘘をつかれたことを理由に保証契約が取り消せます。保証人の責任を負うことはありません。

 消費者契約法は今年4月1日以降に結ばれた契約に適用されます。ですから、それ以前に結ばれた契約については課題として残ります。法律の建前としては従来どおりの解決ということになります。ただ、消費者契約法は30年以上前からある欧米の消費者保護法の考えを実現したものです。私は、何か工夫の余地があるのではないかと思っています。

 消費者契約法は我が国で初めての全体的な消費者保護法です。消費者契約法は真っ当に生きている人をきっと守ってくれる法律です。法律家の一人として、これからも消費者契約法の使い方を考えていきたいと思います。