● 裁判員経験者の皆さんの御発言
浅見宣義(メンバー,神戸地方裁判所伊丹支部)
 中身の濃いシンポジウムでした。裁判員裁判関係のシンポジウムでは,最も中身が濃かったという出席者もおられました。特に,裁判員経験者の皆さんの御発言に,裁判員裁判の意義を確信した人が多かったのではないでしょうか。それらの御発言は,シンポジウム当日だけの発言に埋もれさせるにはあまりにもったいなく思われましたので,私がメモできた範囲でご紹介します。メモする際に,聞き間違えたところや,意訳してメモしたところもあるかもしれませんが,御発言者の意図されるところは,決して曲げていないつもりです。

1 渋谷友光さん(45歳,男性,牧師,青森在住,対象事件名は強盗強姦罪など。)

 裁判員裁判の経験は強烈である。解任手続を終えてもまだ終わっていないという感じである。体験が夢にも出てくるが,忘れないことも大事と思っている。

 裁判員の痛みとして,(1) 地域で何が起こったか知ること,(2) その犯罪で傷ついた人の痛みを知ること,(3) その罪を犯してしまった人の心をたどることが挙げられる。
 (2)は,具体的には,性犯罪の被害者の声を,ビデオリンクで聞いたことである。被害者は,ショッキングでつらい思い出を,震え上がるように話していた。皆,シーンと静まり返っていた。裁判員は痛みをもちながら裁判をするものと感じた。
 (3)は,被告人の心をたどることである。実は,法廷の扉が開かれるまでは,被告人をひどい人相だと推測していたが,開かれた後,見ると普通の青年であった。このような青年が,何ゆえ犯罪を犯したのか,心をたどらないと正しい判決には到らないだろうと思っていた。そして,被告人の生い立ちを知るととても驚かされた。幼いころ父母の離婚で父には会ったことがないこと,3歳で母が他界したことなど,私と同様の生い立ちだったのである。私も,父には会ったことはなく,3歳で母と別れ,施設に入れられ,中学時代暴走族もしていた。私は,周囲の人の助けなどで,今は牧師をしているが,被告人を見ていると,自分のことのように思え,もしかしたら私も,法壇の向こう側にいたかもしれないと感じさせられた。

 裁判員裁判経験後は,(1) 被害者たちの回復,(2) 被告人のその後,(3) その町のシティズンとして何ができるかをそれぞれ思案している。
 量刑では,いわゆる相場と言われているものにとらわれず,求刑どおりの懲役15年となったが,判決後の説諭では,裁判長が,「懲役15年はあなたを諦めた15年ではない。反省して更生する期待の15年です。」と言われた。その説諭を聞いた被告人は,それまでにない表情をして頷いてくれた。とてもうれしかった。今も被告人がどうしているか考えている。手紙や本を送ってみたい,できたら面会をしたいと思っている。
 なお,昨年11月,ファーザーズ・ネットを立ち上げた。シティズンの中の父,男性として何ができるかを追求している。

2 小島秀夫さん(63歳,男性,大阪在住,自治会長,対象事件名は殺人未遂。)

 無職男性が,家賃滞納をめぐるトラブルで,家主を傷つけた殺人未遂事件だが,民生委員と福祉事務所は何をしていたのか,と感じた。私は,自治会長をしているが,防犯と高齢者の福祉の問題は,地域の一番の課題である。それなのに,民生委員と福祉事務所は何をしていたのはっきりしない中で,果たして刑を決められるのか疑問に思えた。そのため,評議をもっとオープンにして話をすべきではないかと思われる。
 今回の経験を地域で語ることによって,防犯意識が高まる。被告人を地域でどう立ち直らせるか,どう受け入れるのかを考えることができると思う。

 なお,傍聴席の記者が居眠りをしていたのは許せなかった。また,裁判員裁判を経験して,マスコミの取材等に応じていたら,表に出る記事等は,取材内容のほんの一部であり,しかも都合のいいところを切り取って記事等にされることを経験した。マスコミの方々には,猛省を促したい。

3 匿名希望さん(ライター,女性,東京在住,対象事件名は,強盗致傷。)

 匿名にさせてもらいたいたいのは,誰が自分を守ってくれるか疑問だからです。自己防衛のためですので,ご容赦ください。

 私は,裁判員をやってみたいと思っていました。その理由は,(1) 人間ドラマをリアルに見ることができること,(2) 裁判所を理解することができること,(3) 自分が人の役に立てるか確認したいことなどでした。そして,裁判員候補者リストに掲載されたとの連絡を受けた後,一度だけ裁判傍聴に行きました。そうすると,本番の裁判員裁判の際にも,傍聴した際の裁判長がいてびっくりしました。

 対象事案は,ホームレスの被告人が強盗した事案で,監視カメラがあり,証拠として映像を見ることができました。ホームレスというのは,当然言葉は知っていましたが,実態は想像の域を出ていませんでしたが,犯罪を犯すようになってしまう事実を知り,貴重な体験だったと思います。

 私は,裁判所にいる時間,とても緊張していましたが,とても充実していました。裁判長も「今までになく充実した裁判をした感じがします」と語っておられました。裁判所の配慮は行き届いており,評議室には御茶やチョコレートがおいてあり,和やかな雰囲気で裁判にかかわることができました。

 評議はとても難しかったです。裁判が被告人にどういう意味を持つか考えました。被告人は法廷でうなだれていましたが,本当かどうかわからないところがあり,裁判員がいろんな角度からみていく意味があると感じました。被告人が,裁判で本当に人生を立て直す機会と考え,被告人に何年くらいが必要かと考え,量刑を考えました。服役中の職業訓練,報奨金,服役後の職業紹介などの実態を参考にしました。最後は,裁判長が,被告人に対し「あなたは,こんなことをする人ではない」と説諭をしてくれました。

 裁判員裁判を終わった後の疲労感は,これは何なのだと思うくらい並大抵ではありませんでした。その疲労感は2週間ぐらい続きました。しかし,とても貴重な経験だったと思います。被告人と同じ社会に生きている,多種多様な人たちと共存していることを実感し,映画などを見るよりも大事だと思えました。

4 パネルディスカッション要旨(印象的な発言のみ。)

 法廷の回数:3〜4回で大体適度(渋谷さん,ライターさん)。もう少し事案を掘り下げるためには少し短い感じがした(小島さん)。
 裁判所で扱う仕事量:日本人はもっとよく働いている(小島さん)。労働量は多くないが,初めてのものを処理するには適度(ライターさん)。法廷での活動は,弁護側もっとがんばれという感じ(渋谷さん)。国選弁護人もよくやっていたが,検察の分厚さを感じた(ライターさん)。
 守秘義務:大切。あるからこそ自由に話せる。守秘義務が自分を守ってくれる。しかし,裁判員同士で再び集まって評議について話す機会があればいいと思う。(渋谷さん)。防犯は大きな関心事だし,広く議論できるようにするべき。これからは死刑を出すような事件にも直面する,守秘義務のしばりがもっと重くなり心のケアが必要になる。(小島さん)。難しいところだと思う(ライターさん)。
 量刑判断:量刑パターンで決めるのは納得できない,何のために刑務所に入れるのか考えるべき(小島さん)。懲罰ということではなく,更正中心のシステムをもっと充実させてほしい(ライターさん)。
 裁判員になる前の事前学習:資料を集めて勉強したが,ほかの皆さんも勉強してきていた(小島さん)。
 裁判官,裁判所関係者の感想:裁判長は,腰が低く,親しみやすかった。チームとして仕事をして,判決というボールを出しましょうという言葉が印象的だった(渋谷さん)。司法修習生に話しかけて,プライドが高いと感じさせることがあり,専門家のプライドがネックになると思われた(小島さん)。裁判官は,とても尊敬できる人たちだと思いました(ライターさん)。
 将来の裁判員へのアドバイス:是非積極的にやってほしい。難しいし,厳しいが,そんな中でも考えることが,家庭を思い,地域や国を思うことにもつながっていく(渋谷さん)。自分たちで地域を作るために参加してほしい(小島さん)。参加したことの体験を,隠さずに話してほしい(ライターさん)。

(平成22年7月)
(文責 浅見)