● 旭川刑務所視察記

くまちん(サポーター)

 11月上旬に旭川弁護士会有志で,旭川刑務所を視察させていただいた。私は,平成3年に旭川地方裁判所判事補として見学しているので,それ以来19年ぶりとなる。残念ながら部分的な改修がなされただけで,庁舎はその時と基本的に同じ。さすがに老朽化は否めず,間もなく根本的な改築がなされる予定だそうである。前回視察したときには,刑務官が「東京の役人は,良い季節にばかり視察に来て,冬には来ないんですよ。」とぼやいていたのが印象に残っている。
 北海道の刑務所といえば,映画・テレビの影響もあって網走刑務所が著名であり,凶悪犯罪者の懲役囚が多数収容されているイメージがあるかもしれないが,実は犯罪傾向の進んだ10年以上の長期刑受刑者(専門用語でLB級と呼ばれる)は,北海道では旭川刑務所に収容されている。本州では宮城・岐阜・徳島・熊本の各刑務所にLB級受刑者が収容されているが,旭川はそれと比べてもLB級受刑者が占める割合が高い刑務所である(約6割,今年L級が従来の8年以上から10年以上に変更される前は約8割だった)。
 収容状況は,定員が既決囚(既に判決が確定し,懲役・禁固刑に服している人)296人,未決囚(判決が未確定の人)99人のところ,実際の収容者は既決囚309人(104.3%),未決囚23人(23.2%)となっており,既決囚の過剰収容状況はあまり改善しておらず,後述するように仮釈放者が少ないこともあって,現在では新たなLB級受刑者の収容を中止しているそうである。全国的には女子刑務所の過剰収容が顕在化しているようである(旭川に女子既決囚はいない)。
 受刑者の平均年齢は,49歳と意外に若い印象だが,刑期の長い収容者が多く仮釈放者も少ないため,この平均年齢はドンドン上昇していくことが見込まれている。最高齢は82歳だそうである。
 現在,無期懲役囚は61人おり,その中には,昭和44年に網走刑務所から長期刑受刑者を移した際に引っ越してきた人が,まだ2名おられるとのことである。法律上は10年過ぎれば無期懲役囚の仮釈放が認められると書かれている(刑法28条)が,有期懲役の上限が30年になったこととの均衡もあり,仮釈放までの収容期間は長期化しつつある。統計によると平成21年度末現在,全国で1772名の無期懲役囚がいるが,同年度中の仮釈放者はわずか6名で,その平均収容期間は30年2か月となっており,平成5年度の17人,18年1か月と比較すれば,仮釈放の運用の厳格化は明らかである(平均収容期間というのは,あくまでも出所した人についての平均であることに留意されたい)。旭川刑務所でも,昨年に2名の仮釈放が認められるまでは7年間にわたり無期懲役囚の仮釈放はなかったそうである。
 今は,居室内に地デジ対応テレビが置かれているが,残念ながら番組選択の自由はない。それでも4人の成績優良者は,鍵のかかっていない居室(同じフロアにある集会室と居室を自由に行き来できる)で自由にテレビを見ることができ,DVDに録画もできるが,成績優良者とは「刑務所内で25年間無事故無(規律)違反」といった方である。
 刑務所といえば,軍隊式の行進のイメージが強いが(吉村昭「仮釈放」など参照),19年前に比べると,確かに号令をかけて歩いてはいるが,社会復帰時にギャップをきたすような極端な手足のあげ方ではなかった。
 景気の悪化もあって刑務作業の確保には苦労しているようで,昨年は売上2400万円相当の仕事量があったものが,今年は2000万円程度にしかならないそうである。
 旭川刑務所には,296万平方メートルもの敷地の西神楽農場があるが,現在耕作しているのはそのうち41万平方メートルほどで,10人程度が通いで農作業に従事している。その対象者からは,長期受刑者・暴力団関係者・土地勘のある旭川周辺出身者は排除されている。
 刑務所には,医務課長というポストがあり,そこには医師が就任するのがあるべき姿なのだが,残念ながら旭川刑務所の医務課長ポストは空席で,診察は外部の医師が通所して行っている。全国的にも医務課長不在の刑務所が多いようである。
 山本譲司氏の著書「獄窓記」や「累犯受刑者」で,福祉につながっていない知的障害を持つ受刑者の存在がクローズアップされたが,最近は矯正施設としても,知的障害者について手帳取得などで福祉につなぐ方向へ積極的に動いているそうで,非常勤ではあるものの社会福祉士が福祉行政とのつなぎ役を担っておられるという。
 長期受刑者の社会復帰には,長いブランクが障害となりがちだが,社会復帰が近づいた者には,社会見学として,スーパーで予算の範囲内で買い物をさせるとか,携帯電話を持たせてハローワークなどに行かせるといったことを行っているそうである。また,刑務所視察委員会の提言で,電子手帳を購入して収容者に使用させ,電子機器を使うことに慣れさせるという工夫もされているようである。
 受刑者に対する教育,改善指導には,一般改善指導と犯罪類型等に応じた特別改善指導があるが,面接などの一般改善指導についても,最近は少年鑑別所の技官が話をする場合もあるそうで,その方が指導効果も高いようだ。一部で注目されている性犯罪者に対する改善指導プログラムは旭川では行われておらず,他の刑務所に移して行われるが,誰に受講させるかは札幌矯正管区の判断による。
 全体に,率直に我々の質問に答えていただいた印象が強い。刑務所も名古屋刑務所問題等や視察委員会の設置を契機に,徐々に外部からの批判に対応する姿勢を見せつつあるように感じられた有意義な視察であった。
 世上,裁判員裁判における死刑判断に注目が集まっているが,そこまでいかなくても,無期懲役か有期懲役か,有期でも何年が相当なのか,実刑か執行猶予かという判断に裁判員は直面する。そのためにも,矯正施設の実情について,できるだけ多くの情報が提供されることが望ましい(裁判官も実は矯正施設の実情に決して明るいわけではない)。刑務所側でも,矯正施設の実情について社会に広く理解してもらおうと,ひいては刑務作業や更生保護にも関わってもらおうと,市民による刑務所見学の機会を作り,市内の大型スーパーからいわゆる護送車で刑務所まで送迎する試みなどにより参加者増に努めている。また,市内在住の漫画家新子友子さんがデザインした「カタックリちゃん」が,刑務所のキャラクターとしてポスターなどに描かれている。刑務所の裏山である突哨山がカタクリの花の名所であることに由来している。
 私は以前から,裁判員裁判とともに,それを契機として,市民が行刑の実態や更生保護に強い関心を寄せることこそ重要だと力説してきたのだが,最近は,「モリのアサガオ」や「塀の中の中学校」など,一昔前なら考えにくかったドラマも放送されるようになり,望ましいことだと感じている。
 もし,お近くの刑務所などの矯正施設を見学するような機会があれば,是非足を運んでいただければと思っている。

(平成22年12月)

 PS 先日放送されたTBSドラマ「塀の中の中学校」のラストシーンは旭川刑務所であった。護送車が走ってきた道は,まさに我々が日々接見に通っている道である。大滝秀治を送り届けたオダギリジョーが,一人で塀の横を歩いていたが,あのままあの道を進んで行くと間違いなく凍死するだろう。オダギリさん,お帰りはそちらじゃない。