● (新連載)私の「家庭裁判(隔)月報」(1)
竹内浩史(さいたま家裁川越支部・飯能出張所)
(新連載の趣旨)
 家庭裁判所の裁判官の判決・審判は、最高裁が毎月発行している「家庭裁判月報」に登載されない限り、一般に知られる機会は少ないと思われる。
 しかし、人事訴訟や家事審判の分野は、準拠すべき法律の規定が少なく、担当する裁判官(家事審判官)の裁量や創意の余地が大きい。それだけに悩ましい事案も多い。また、一般論としての判断基準を自ら定立しなければならない場面も珍しくない。
 日本では、裁判官が自らの判決等を顕名で紹介する例は、なぜかこれまで乏しかった。しかし、裁判員制度の施行もあって、そのような試みをする現職裁判官も出て来ている。東京高等裁判所の刑事部裁判長である門野博判事は、「裁判官が自分の裁判について自ら語るというのは異例かも知れません。」と述べつつ、「刑事裁判ノート」の連載を開始された(判例タイムズ1289号50頁以下)。
 これに触発されて、家裁担当3年目に入った私も、これまで自分の判決・審判で示した一般論部分を、隔月のホームページの更新に合わせて1件ずつ、簡単な解説を添えて紹介させていただき、皆さんの御批判を仰ぐことにした。これを、将棋や囲碁の棋士が行う「自戦解説」になぞらえ、「自判解説」と呼ぼう。

(自判解説)
 第1回は、積極財産のみを認識等していた場合の相続放棄の熟慮期間という問題。
 実は、この問題では、良心的な家裁裁判官が心を痛める事案が多いのではないかと推察される。先輩のみならず若手の裁判官の論文等も目立つ。下記2で引用した最高裁判決によれば、このような場合であっても熟慮期間は進行し、3か月の経過によって相続放棄の申述は受理されないことになってしまいそうだからである。
 しかし、疑問は尽きない。弁護士任官者でもある私は、何とかもっと合理的な解釈ができないものかと以前から思っていた。そして、3か月以上(?)の熟慮を重ねた結果の到達点が、下記3以下の判断である。
 なお、申述受理の審判それ自体に対しては、債権者等からの不服申立ての手続きは存在しないので、これに対する上級審の判断は存在しない。
 いずれ、最高裁に適当な事案が係属したら、本格的な判例変更を含めて議論していただきたいと願っている。

(審判理由抜粋)
 1 申述人らは、被相続人の死亡の直後に、その事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知ったと認められるから、民法915条1項所定の3か月の熟慮期間は、この時から起算されるのが原則である。
 2 もっとも、これは、相続人が上記事実を知った場合には、通常、知った時から3か月以内に、調査すること等によって、相続すべき積極又は消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがって単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいている。
   したがって、例外として、相続人が上記期間内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において上記のように信じるについて相当な理由があると認められるときには、熟慮期間は相続人が相続財産(全部又は一部)の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和59年4月27日第2小法廷判決・民集38巻6号698頁)。
 3 さらに、相続人が積極財産の存在については認識し又は認識することができたものの、消極財産については全く存在しないと信じており、かつ、その当時調査を尽くしていたとしても消極財産の存在が判明しなかったであろうと認められるときには、熟慮期間は相続人が消極財産の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。
 4 上記3の判断については、上記2の最高裁第2小法廷判決(以下単に「最判」という。)に抵触し、最高裁大法廷による判例変更を要するとの見解もありうるが、当裁判所は、以下の理由でなおこれを採用するものである。
  (1) 最判の事案は、積極財産は全くなく、消極財産(連帯保証債務)も全く存在しないと信じていたという事案である。積極財産の存在の認識の有無は、結論を左右していない(この事案との関係では傍論ともいいうる。)。
  (2) 最判の判旨によれば、積極財産の存在の認識ないしその可能性をもって起算点とする根拠は、これにより消極財産についても有無の調査を期待することができ、相続放棄等を選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づくものとされている。ここでは、調査をすれば判明していたはずであるということも、当然の前提とされていると理解される。そうすると、その債務の存在を調査することが著しく困難であり、したがって、相続放棄を期待しえない場合、すなわち調査を尽くしたとしても消極財産が判明しなかったような場合にまで、その根拠を及ぼすことはできない。
    したがって、上記3の判断は、むしろ最判の趣旨に沿うものともいえる(同趣旨の説を展開する文献として、雨宮則夫・石田敏明編「相続の承認・放棄の実務」84〜87頁)。
  (3) そもそも、相続放棄等は、消極財産の存在を考慮して行うのが通常である。積極財産が存在する一方で、消極財産については存在の認識ないしその可能性さえもない場合にまで、念のために相続放棄等をしておくことを国民に要求するような法解釈は、あまりにも現実離れしたものであるとの非難を免れない。法は、国民に期待不可能なことを要求するものであってはならない。
  (4) 最判のもとでも、下級審は、積極財産の存在の認識があった場合でもそれぞれの事案に即して、実質的にその例外を認める判断を重ねてきている(例えば最近の家庭裁判月報60巻1号掲載の名古屋高裁平成19年6月25日決定及び東京高裁平成19年8月10日決定)。
  (5) 最判の変更を要するか否かは、最終的には、こういった事案で相続放棄の申述を受理したことの適否を争点とする民事訴訟の上告審判決において判断されるのに相応しい事柄である。
    なお、申述の却下審判がされた場合も、高裁への即時抗告を経て最高裁への許可抗告を申し立てて判断を仰ぐという途があり、若干の先例もあるものの、このような問題を本格的に論じるのに最適な手続とはいい難い。
  (6) とりわけ、最判及び本件を含む、被相続人の連帯保証債務が後に発覚したという類型の事案においては、主債務者の不履行によって保証債務が既に現実化していた場合をも含めて、債権者は原則5年又は10年という債権の消滅時効期間が経過するまで相続人に催告等をせずに失念ないし放置していても権利を失わないのに対し、相続人は上記債務の調査が著しく困難な場合にさえも3か月で相続放棄の途を閉ざされることになりかねない。これは、極めて公平を欠くものといわざるをえず、債権者が故意に上記3か月の経過を待ってから催告等に及ぶなどの悪用のおそれも高い。
    さらにいえば、このようにして、債務者が自己の固有財産をもって、不意打ち的に想定外の相続債務の支払を強いられるような事態は、憲法29条1項の「財産権は、これを侵してはならない。」との保障の趣旨に反する疑いさえある。相続放棄は、詐害行為取消権の対象とはならず、相続債権者からも全く自由な判断で行うことができる性格のものであるとの判例からしても、このような自由な判断の機会は、形式論ではなく実質的に保障されなければならない。
 5 本件においては、申述人らはいずれも、積極財産である本件不動産の存在は認識していたものの、消極財産については全く存在しないと信じており、かつ、その当時調査を尽くしていたとしても消極財産である本件連帯保証債務の存在は判明しなかったであろうと認められる。
したがって、熟慮期間は、申述人らがそれぞれ本件催告を受けて本件連帯保証債務の存在を認識した時から起算すべきものであり、本件申述はいずれも法定期間内にされたものであると認められる。
 6 よって、本件申述をいずれも受理することとし、主文のとおり審判する。

(平成21年6月)