● 弁護士任官どどいつ(16)
竹内浩史(東京地裁) 
どこのファンかを 判事は言わぬ? ルールブックに ないけれど

 このホームページにテレビ局関係者から投書で質問があった。「噂ですが、裁判官は人前でプロ野球でどこのチームのファンかも言ってはいけない!という決まりがあると聞いたことがあります。本当か分かりませんが」。こんな質問には、「そんな決まりはない!」とだけ答えるのが、正しいし常識的であろう。しかし、私はその答に補足意見を付けたい。「もしかしたら、私と違って、どこのファンか言わないと自主規制している裁判官もいるかも知れない。それにはそれなりの理由があると理解できる」と。


判事少なく 任期は長く 守備は広くて バッティング!

 私がそう思う理由の一つは、時に野球絡みの事件も来るからである。日本の裁判官は少なく、転勤や配置替えを繰り返すので守備範囲が広い。担当事件数は年間数百件として、任期十年間で数千件、一生では万を超す。その万に一つ、当事者や利害関係人として当たる可能性のある固有名詞にはなるべく言及しないというのも、一つの考え方としてあり得ると理解する。自分がファンだ、つまり好きだと公言していた人や団体と事件でバッティングした時のやりにくさは、想像していただけるだろう。


東京ドームの 試合の帰り 私も署名を したかしら?

 そんな荒唐無稽な事をと思われるかも知れないので、実際に起きたプロ野球絡みの裁判の例を幾つか紹介しよう。私が名古屋で弁護士をしていた当時、中日の選手ら数人を被告人とする脱税請負事件が名古屋地裁に係属した。話題を呼んだのは、説諭で選手を厳しく叱る裁判官と、激励する裁判官とがいたことだ。阪神タイガースの球団名絡みの商標事件を担当した裁判官が熱烈なファンだった例もある。私も東京高裁で球団合併絡みの事件を担当した。直前、署名運動に声を掛けられた記憶もある。


敬遠してたら フアンは増えぬ? 静かな正義の 克服を

 私が署名をしたかどうかは覚えていない。ただ、弁護士任官直後の研修で「裁判官が街頭署名に応じる事の当否」という議論をしたのを思い出した。当時の私の意見は「構わないのではないか。万一、その事件の担当になって公正を疑われたら回避すれば良い」というものだったが、そんなに簡単ではないと知った。しかし、私はその後も中日ファンである事を公言し続けている。前記のような不安からこの程度の好みも言わないのは、裁判官を市民から遠ざけ、信頼を損なうマイナスが大きいと思うからだ。
(平成18年12月)