● カラマーゾフの兄弟
棚田の案山子 
 亀山郁夫訳の「カラマーゾフの兄弟」(全5巻,光文社文庫)を読み切る。

 半世紀も前の高校時代に読みかけて挫折し,以後幾度か挑戦はしたが,第2巻「大審問官」当たりでいつも投げ出していた。だが,いつの日か読破したいと密かに期していたのだ! 筋が分かってしまっては,面白くないので,解説本などもあえて避けてきた。人の話にも耳を塞いできた。それが,今回,念願かない,一気に読み通すことができたのである。しかも,胸をわくわくさせながら。長年の人生の宿題をようやくなし遂げたといってもよい。もう思い残すことは何もない(まさか!)

 難解なイワンの長セリフも,それなりに読み込めたのは,今回の名訳のおかげであるが,私自身の人生と諸事への理解が深まったせいもあるかもしれない。歳を重ねると,いいこともある。

本の後半は,捜査と裁判が舞台となる。それも,ロシアに導入されたばかりの陪審裁判である。情況証拠の評価という刑事裁判最大の難問は,今も昔も変わりない。ドストエフスキーは,父殺しという奥の深いテーマを下に,刑事裁判の過程をも,当事者の心理ともども,見事に描き切っている。
(平成19年10月)