● 離島ライフ

白山次郎

 離島に赴任して4か月余りになるが,いろいろと気づかされることが多い。

 友人がわざわざ遊びに来てくれたので,安くてうまい地元の居酒屋に行った。この店,確かに安くてうまいのだが,島の通例でサービス意識というものがほとんどない。少し不安に思いながら,友人と一緒に行ってみると,午後6時30分なのに「準備中」の札が出ている。あれ,おかしいなと思い,窓から様子をうかがうと,店内には大勢の客の姿が・・・。不審に思い,ドアを開けて中を覗くと,おばちゃんが「ごめん,一杯なの」。しかし,テーブルには若干の余裕が・・・。すると,後ろから「白山さん」と声をかけられた。見ると,検察庁の事務官が二人で飲んでいる。「おおっと,一緒に飲もう」ということで,強引にテーブルに割り込む。

 こちらは島の人間であるし,相席でテーブルについてしまったので,店の方もそのまま黙認となり,肴にありつくことができた。聞くところによると,この店は,おばちゃんとおっちゃんが二人で切り盛りしていて,忙しくなると「営業中」の看板を「準備中」にしてしまうのだ。つまり,もうこれ以上客は来るなという意思表示が「準備中」という札の意味なのだ。おっちゃんおばちゃんにとっては,別に商売繁盛しなくても平気であり,むしろ,客からあれこれと言われるくらいなら,来てもらわなくてよいと思っているようである。私たちがテーブルについたときも,おばちゃんの顔には,しかたがないというような表情が浮かんでいた。

 しかも,この店,午後8時がラストオーダーで,ラストオーダーを作り終えると,厨房から主人が当然のように店に出てきて,おばちゃんと二人で飲み食いを始める。店というよりは,近所のおばちゃんの家で,晩御飯を食べさせてもらっているような感覚なのだ。

 そのうえ,注文した際「すいません,切らしています」といって断られた刺身なんかを肴に主人が飲んでいたりする。そういう店なのだ。その時,客をなんだと思っているんだなどと怒ってみても始まらまない。おっちゃんのところに行って,「あれ,これ,おいしそうだね。」などといってしばらく話をしていると,おっちゃんはにやっと笑って「一切れ,食うか」とその皿の刺身を分けてくれるのである。

 都会の消費文化からすれば,こうしたことはカルチャーショックである。しかし,この島では,お客様は必ずしも神様ではない。お金を出せば,なんでも手に入るし,行き届いたサービスが受けられると思っていると痛い目に合う。消費者や観光客に媚びず,自分たちの暮らしをあくまでも優先させているだけなのだ。まず,自分のものを確保し,余ればそれを売るというだけのことなのだが,都会の消費文明に慣れた私たちからすれば,違和感を感じる。客の立場からすれば,なぜ,自分たちに出さないのかと思うだろうが,店の主人からすれば,今晩,これを肴に飲もうと思って仕事をしているのに,なぜ,それを売らなければならないのかと思うに違いない。

 この島では,生産者が一番偉いのである。我々,消費者は,食べさせてもらっているのである。当然のことながら,自分たちはただ,紙幣という紙切れを持っているにすぎないのだ。

 官舎の庭でいろいろと野菜を作ってみたが,どれもスーパーで売っているような立派なものにはならなかった。野菜を作ったり,魚を捕ったりする仕事は本当に大変だと思う。都会にいると,スーパーに行けば,びっしりと実の詰まった甘いスイートコーンが150円ほどで売られている。自分で作った,スカスカの貧弱なトウモロコシをゆでて食べてみると,農家の人々の仕事の素晴らしさをしみじみと感じることができる。

 離島ライフは,今までの常識を覆すいろいろな体験ができる。捨てたものではない。


(23.10.1)